12.地球画


「もっと強く吸って…そう、お上手ですよ。…ん、手もちゃんと使って…、横着しないで」
 垂れ下がっていた腕を軽く蹴り上げると彼は僕の股間に顔を埋めたまま恨めしそうに睨み上げた。
「何です?そんな潤んだ目で見て、いやらしい。まだ足りないのですか?」
 抗議の為口を離そうとした頭を両膝で押さえつける。僕の性器は今一歩で爆ぜそうなほど膨張している。こんなところで放り出されてはたまらない。
「ほら、ちゃんと銜えて。あなたが今日は後ろは使いたくないと言ったのですから、最後まで責任を取ってもらわないと」
 僕の部屋に入り込んでおきながら嫌だと言った。明日は朝早くから湿地の調査があるから無理はしたくないと。
 なら初めから来なければ良いのに。
 彼との関係が始まって二週間。二日と開けず部屋に誘い、誘ったからには必ず抱いていた。抱かれるのが分かっているのだから嫌ならそもそも来なければ良 い。僕は一度だって強要していない。「部屋に来ませんか」と囁くだけで、懇願もしなければ手を引くこともしない。毎回、一度しか言わない。だから、何か理 由があれば、いやそんなものなくても気が乗らないと首を横に振って自室に引っ込めば良いのだ。僕は追わない。対面だから断りにくいと言うわけでもないらし い。メールで呼び出すこともあるが、それも断らない。承諾の返事も寄越さない代わり、仕事が退けたら真っ直ぐに僕の部屋に足を運んだ。
 抱くと言っても後ろを使わない時も確かにあった。初めて無理矢理抱いた次の日は、ろくな手当をしていなかった所為で内壁の奥の方まで裂けていたので流石 に入れる気にはならなかった。舌で解し、指で薬を塗るついでに内を探ってイイ所を攻め、指だけでイかせた。…あれも厳密には後ろを使ったことになるのだろ うか。
 互いに擦り合わせて果てるだけで終わったこともある。だがそれは満足したからでなく、最後までする時間がなかっただけのこと。時間はたっぷりあるのに   眠る時間は減るが  半端で終わらせられるわけがない。
 彼の中は熱く、滑る内壁は僕の肉に吸い付きあたかもあつらえ物のようにしっくり馴染み、癖になる味だった。僕は彼の中に入れることに固執し、だから今ま で口淫には興味がなかったのだか。
「…っ、そろそろ、イきます…っ。動きますから歯を立てないで下さいね…」
 この中も悪くない。
 頭を押さえて固定すると彼は殉教者のように目を閉じた。いじらしいことだ。
 腰を何度かグラインドさせ、彼の口の中に吐精する。出し切った後、性器を抜き取ると、彼はえづきつつも僕の精を飲み下した。…驚いた。そこまでしろとは 言わなかった。普段の僕を真似、そうするものだと思っているのかもしれない。
 ふと見ると、着衣のままの彼の股間が張りつめていた。
 たった二週間で、男のモノを銜えて感じるようになったのか、この人は。
 嘲ろうと思ったが、侮蔑より達成感の方が先にくる。僕がそこまで仕込んだのだと思うと自然と笑みが出た。
 彼の手を取りソファに座らせると体を入れ替え今度は僕が床に跪き彼の足の間に体を滑らせた。
「…なっ、ちょ、何を…!」
「僕だけじゃ申し訳ありませんので、あなたにもして差し上げますよ」
「ちょっ、良いよ!俺は!別にしなくても…」
「ああもうこんなに服を濡らして…。シミになっていますよ。…いやらしい人だ」
「…っ!」
 服の上からひと撫ですると、彼の体が仰け反る。感度良好。
 もったいつけて抵抗されると厄介なので、下着ごと一気にズボンを引き下ろす。拘束を解かれ勢い良く飛び出た性器は先走りの液でぬらぬらと濡れていた。
 思わず、喉が鳴る。
 彼が僕のモノを銜えた時は、よくもまああんなグロテスクなものを口に含めるものだと  自分が強要した癖に   思ったが、彼のモノを見ると興奮した。
 舌を丸めて幹を包むようにして扱くと彼が声にならない声を挙げる。「よせ」と髪を掴んで来るが、快楽に慣らされた体は簡単に心を裏切る。音を発てて吸う と、どくん、と脈を打ち大きくなった。
 袋を揉みしだき竿を擦る。先端をすぼめた舌で擽ると、彼はもう喘ぎ声しか漏らさない。
 彼の痴態に駆られ、先程射精したばかりの僕の欲望も熱をぶり返してくる。
「…ちょ、おい、古泉!」
 指をこっそり後ろにめり込ませた途端、彼がぎょっとした声を上げる。…気付かれたか。
「今日は、そっちは嫌だ、って…っ!」
「前立腺を突くだけですよ。イイでしょう」
 ね?とその場所を引っ掻くと彼は一際大きな嬌声を上げた。好きでしょう?ここ、と、伸び上がってシャツの上から乳首を噛むと、ぽろぽろと涙が零れる。そ れを見て僕の欲望も硬度を増す。
 イかせる為と言いながら、片手で根元を締め付け解放を許さない。その上で後ろから直接的な刺激を与えられ続け、彼は意識を混濁させ、ただ首を振る。
「…ねえ、ここ…」
 三本の指を易々飲み込みまだ余裕がある内壁を、指を蠢かして広げる。
「こんなに柔らかいですよ?」
 ついこの間までガチガチでしたのにね、と揶揄うと、誰の所為だと思っている、という目つきで睨んでくる。目尻を真っ赤にして涙をぼろぼろ流し乍ら。
「やっぱり入れましょう。折角ですし、ね」
  こっ、や…、やめ…。あーっ!」
 くるんと体を反転させ、尻を持ち上げ、抗議する間を与えず彼を貫いた。
 約束が違う、と、途切れ途切れに非難する彼を揺すぶり、腰を激しくうちつけると、やがて、嬌声しか聞こえなくなった。


「最後はイイ声で鳴いていたくせに」
 行為が終わり、息を落ち着かせた後、文句を言ってきた彼をそう揶揄うと枕を投げつけられた。
「よがったからって流されて良いもんじゃないだろ!次の日しんどくなるのが分かるから自重したんだ。酒が飲みたくても健康の為に休肝日を作るのと同じよう なもんだろうが!したきゃしたいだけするってのは理性の効かない子供と同じだ!」
「…なら、来なきゃ良いじゃないですか。この部屋に入ったら抱くと言ったはずです。あなたにその気がなければ僕は深追いしませんよ?」
 そして抱くというのは繋がるという意味だ。穿ち、精をそそぎ込むという。子供ではないのだ、ただ触れ合って我慢出来るものではない。憮然とすると、彼は 同じく憮然としてみせた。
「お前の誘いは、俺は断れん」
「…」
 殺し文句なのに心が冷えた。
 それは、あの人ならそうだからですか?
 問えば怒るので…彼の部屋以外でコピーとオリジナルの話をするのは今はもう許されないので言わないが、そういうことなのだろう。
 僕を見つめる彼の目は忌々しげだ。情らしきものも見えるが、あの人と違い、同情だ。
 体を繋いでいる時は気にならない。僕はあの人の体を厳密には知らなかったから、比べるべくもないということもある。それでいて体は彼そのものなのだ。同 じだと錯覚するのも致し方ない。
 けれども、こうやって目を見ると、違うと思わずにはいられない。近付けば近付くほど相違がはっきりする。このコピーには不安定さが足りない。言動に迷い がない。あの人は僕を見つめる時いつも、「俺なんかで良いのか」という心細げな顔をしていた。自分は一般人で、特別な能力もなく、突出したところがなにも ない凡人だ、お前に選ばれる資格があると思えないとしょっちゅう言っていた。何度、そんなことはない、あなたは魅力的で僕にないものを持っている、あなたにすっか り参ってます、好きです、愛しています、と、言っても信じてくれなかった。言い続ければいつか分かってくれると思って何度でも想いを告げた。だがこのコ ピーは、最初に僕の激情に流され体を開かされた所為もあるだろうが、僕の、あの人へ対する想い…そして自分に向けられている僕の心の含みを  身代わりに 過ぎないという  疑っていない。こいつはオリジナルを愛していた、だから俺を抱く。その論法に懐疑はない。
 あの人は、僕の想いに対してだけでなく、何に対してでも、誰に意見するにしても、真っ直ぐではあったが慎重だった。薄皮一枚分の用心を、いつも間に挟ま せていた。この彼にはそれがない。オリジナルがしてしかるべきことならばと迷わない。ある意味自分の意志で動いていないということなのだろう。他人の所業 を踏襲するだけというのはつまり、自分で道を拓くわけではない、人がつけた道をただ歩むだけの気軽さがある。だから迷わないのだ。
「おい、タオルはどこだ?」
 人が思い出に耽っている時に、デリカシーに欠ける。彼は行為の残滓を流そうとシャワールームに向かう。彼の私室は真向かい、ほんの数歩の距離だったが必 ず身支度を整えてから出て行った。私室に僕の臭いを持ち込みたくないのだろう。
「…一枚廃棄して補充していませんでした。天袋にストックがありますから出して下さい」
「おう」
 クロゼットの上にある扉を開ける音がするが、そこで気配が固まった。タオルを出すでなく、探すでなく、ただ突っ立っている様子だ。訝って視線を向ける と、はたして彼はそこに佇立し、懐かしんでいるような、寂しがっているような不思議な顔で天袋を見上げていた。
 何を一体…と目線の先を追うと一枚の複製絵画が目に入った。…ああ、そういえばここに入れてあったな。
「…これ、地球だよな」
 20cm四方の小さなカンバスには、じっとこちらを見つめているオレンジ色の髪をした少女が描かれていた。
「名も無き画家の習作だそうです。…よくお分かりですね」
「独特の雰囲気があるからな。第一展示室の絵は見たことがあるか?」
「イルカの絵のことですか?」
 幕僚居住フロアの上の階にある、いつも鍵のかかっている、普段は足を踏み入れることのないそこには、100号サイズの絵が掛かっていた。それのことかと 思ったが、彼は首を横に振った。
「来い」
 シャワーは後回しだと、アンダーシャツとズボンを身につけ、僕にも倣わせ彼は僕を第一展示室に導いた。
 照明をつけ足を踏み入れると無機的な冷たさが肌にまとわりつく。
 この部屋はフィールドワークで集めたものを保管,展示する部屋として作られたが、構造上日中でも殆ど日が射さないのが涼宮さんのお気に召さず、したがっ て殆ど使われない場所となっていた。僕も最初に基地を案内された時に一度ざっと見ただけだった。
 豪奢な美術館を模倣したのか、赤い天鵞絨のカーテンに大理石の支柱と、内装は凝っていた。
 その壁に、イルカの絵が飾られている。かなりの大きさだと言うのにタッチや構図が地味な所為か、ちっとも目立たない。
「これも地球画なんですか?」
 イルカというのは聞いたことがない。
「の、一部だ」
 彼はつかつかと絵に歩み寄り額縁を外し床に置く。「ちょっとずれたか?」などと独り言を言い、位置を調整している。一体何のつもりか問おうとした時、フォンという耳なじみのある作動音がし、床に置いた額縁からホログラフが浮かび上がった。
「これは…!」
 浮かんだのは、一人の女性だった。緑の髪と目を持ち、薄い一枚布のドレスを纏い、やや俯き加減に微笑んでいる。
「こっちだ、古泉、この絵はこっちから見るんだ」
 呼ばれて移動すると、ホログラフに先程のイルカが映り込む位置で、女性とイルカが戯れているように見えた。
 ホログラフは安定が低いらしく、空気が揺れるだけでも映像を揺らした。僕が動いた為に女性のドレスが揺れ、つられてイルカの絵も揺れ、あたかも生きて動 いているかのように映った。
 この絵ならば写真で見たことがある。
「…“テラ:青その2”。最も有名な地球画の一つですね。作者は…」
「“アースエイジ”。本名は知られていない。どうしてこう偉いヤツってのは親から貰った名前を嫌がるかね。総帥だの閣下だの、自分がその肩書きの代表のつ もりでいるのかね」
「地球画ばかりを描き続けた画家です。…尤も、それと知らぬ人には“テラという名の女性ばかりを描いた”画家と思われているようですが」
「初めてこの画家の絵を見たのは12の時だった。俺はその時はまだ何も知らなかったが、今にして思うと、こいつは自分が地球人だということを知っていたん だろうな」
「僕の調べられる限りの記録では触れられていませんが、多分」
 でなければ自分で“アースエイジ”などと名乗れるものではない。自分が何者か、この絵の正体が何かを知っていたのだろう。
 “地球画”とは、地球人が夢で見た地球のイメージを描いた絵のことだ。
 古代種の中には、今まで一度も見たことも会ったこともないものの夢を繰り返し見る者がいる。
 大概は人物だが希に、人の形をした異形のもの  角が生えていたり、四本足だったり  の場合もある。結ぶ像は人によって違う。笑っていることも、睨み 付けていることも、場所も砂地だったり海辺だったり、表情もシチュエーションも違う。
 ただ、全然憶えがないのに酷く懐かしく心地よい、切なく、心が温かくなる、まるで故郷を思わせる雰囲気を醸し出している、それは共通していた。
 その夢は地球人であれば誰しも見るわけではないが、地球人でなければその夢は見ない。何故、も、何の為に、も、分かっていない。ただそれは地球そのもの の具現化だというのが定説になっている。母なる星が、人の姿を借り地球人の心に住まっているのだと。
 そんな“地球”を多くの地球人が絵に残した。
 著名な画家も、一介の主婦であっても。芸術を解さない堅物と思われていた軍人の遺品から何枚ものスケッチが見つかったことすらある。
 それらを総じて地球画と呼し、帝国が密かに収集していた。
 僕の持つ一枚は上司から譲り受けた。あなたの力の源を忘れないようになさい、と。さしたる感慨も受けなかったので、天袋にしまい込んでいたのだ。
 だがこの一枚は凄い。大きさの所為か、著名な画家の手に因るからか、複製でなくオリジナルだ  これはイルカの絵と組み合わせたホロで完成品だった   からか…、圧倒される。地球…この絵の女性の持つ慈愛ともの悲しさが押し寄せてくる。
「…この絵のことは、涼宮さんは?」
「知らない。基地設立祝いにと国木田が送りつけてきたんだが、ぱっと見、冴えないイルカの絵だからな。『あいつセンスないわね!』の一言と一瞥をくれただ けだ。俺は国木田から聞いていたからこれが何かを知っていたし、朝比奈さんと長門にも見せたがハルヒには教えていない」
 ホロに向かって手を伸ばし、途中で止める。神聖なものを崇めるように、遠い目をした。
 スペースエイジで、地球の記憶など持たぬ身で、この絵を語って良いのか分からないが、持たぬものだからこそ憧憬し、畏怖するのだと、そしてこの星が亡い ことを惜しみ、星を滅ぼしたものの末裔として慚愧し、この星の子に成れぬ身が口惜しいのだと言っているようだった。
 その気持ちは少しは分かるが同調は出来ない。
 僕はとある小さな有酸素星に生まれた。研究惑星で、殆どが人工的に栽培されたものだったが植物が豊富で都市機能も充実している比較的裕福な星だった。僕 は子供の頃から世を斜めに見る癖は有ったが、今にして思えば随分子供らしいひねくれ方しかしていなかった。つまり、そこそこに子供らしい子供だった。
 愛情深いとは言えないまでも、普通に親子愛のある家庭に育った。
 土地に執着しない質で、独り立ち出来るようになってからは星々を渡ったが、それでも、故郷と言われて思い出すのはあそこだ。殆ど伝説に近い歴史でしか聞 かぬ人の祖たる惑星を想う感傷は持ち合わせてはいない。地球がなんだと言うのだ、人が宇宙に出て既に900余年、生きとし生けるもの全てはこの宇宙の何処 かで生まれた、育まれた。何故、現存するかも分からない星  帝国が地球の座標を隠していたので、一般の人間は近寄れず、ゆえに、地球は物理的にも破壊さ れたのだという説、そもそもそんな星はおとぎ話上だけで存在しないのだという説も流れている  に固執するのか。それは停滞ではないのか、何故未来を見な いのか。
 人にその考えを押しつける気はない。けれども、彼が抱く情動を共有出来ないのはいささか面白くなかった。
 急に空気が重く感じ、沈黙が気詰まりになり、絵と、絵をまだ眩しげに見つめる彼から目を逸らす。
 この雰囲気を壊したい。何か  
「涼宮さんも“地球”を夢見るのですかね?報告書に記載はありませんでしたが。彼女の性格からもそんなセンチメンタルなことは似合わない気がしますが、 今度聞いてみて…」
「長い黒髪の女性だと」
「…え?」
「くるぶしまである、黒い、長いストレートヘアーの女性だそうだ。草木一つない荒れ果てた岩地に立って、いつも爽やかに笑っているそうだ。『あたしは大丈 夫、あたしは此処に居る』そんな風に、な」
「あなた何故それを…」
 涼宮ハルヒが“地球”を見るとは聞いたことがない。軍も帝国も知らないはずだ。知っていればパーソナルデータに記載されている。
 淡々と話し続ける彼の声は、とても静かだった。こんな重要なことを言っていると思えないくらい、あっさりとしていて。
「ガキの頃聞いた。『他の人には内緒だからね』と言って教えてくれた。その夢をしょっちゅう見るんだと。不思議だけどとても素敵な夢なの、ってさ。
 その時は大して気にも止めなかった。どうせあいつお得意の妄想か、テレビか街角で見かけた綺麗なおねーさんの記憶が残っていただけだろ、って思ってい た。だが今なら分かる。あれが、ハルヒの“地球”だ」
「…何故、それを今、僕に言うのです?」
 言いようのない苛立ちがこみ上げてくる。
「僕は知らない。軍も、帝国ですら、多分知らないことです。涼宮さんは、あなた以外の誰にも教えていないはずだ。『内緒だ』と言われたのでしょう?どうし て僕に教えるのです?!」
 それは涼宮さんに対する裏切りだ。彼を信じてうち明けたはずの秘密なのに。彼女は誰にも知られたくなかったに違いない。軍や帝国の、時にはあからさま な、時には回りくどい調査をかいくぐって秘してきたくらいだから。だのに彼は僕に喋った。世間話の延長のように淡々と。そんな簡単に約束を破る人だったな んて、人の心を軽視する人だったなんて…(それとも、これはコピーだからか?)、酷く、幻滅した。
 ふつふつわき上がる僕の怒りを、だが彼は気に止めない。ただ静かな目で“地球”を見続ける。
「それが多分切り札だからだ」
「切り札?」
「そうだ。ハルヒに対する切り札だ。
 お前達は俺のことをハルヒの鍵だと言う。あいつを御せる唯一のもので、かけがえのない人間だと。俺に何かあればハルヒのバランスが崩れ去ってしまう、っ てな。
 だがそれは違う。俺はただの昔なじみだ。ちっとばかしハルヒのことを知っているにすぎん。
 俺じゃない、地球こそがハルヒの最期の砦で、心の支えだ。
 もし今度俺に何かあったら、ハルヒに、黒い目を輝かせて岩肌で笑う女性のことを思い出させてやってくれ。ハルヒにはそれだけで足りる。
 ハルヒ達が帰って来たら、この話は朝比奈さんと長門にもするつもりだ。
 俺の代わりはもう居ない。だから、今度俺に何かあった時には、お前たちがハルヒを支えてやってくれ。あいつを本当に待つものの存在を教えてやって欲し い。…だから、教えた」
「そ…」
 向き直り、頼む、と僕を見つめた彼の目は、覚悟を決めたもの独特の穏やかさと揺るぎなさが宿っていた。
 この人まで居なくなる?そんなことがあるというのか?
「…わ、分かりませんよ。あなたのコピーくらい…、帝国は作っているかもしれない…」
 本当に言いたいことは違うのに、憎まれ口が勝手に出る。
 彼はゆっくり首を振る。
「もういない」
 笑った。
「俺の代わりはもう居ない。俺は俺だけだよ、古泉」
 酷く寂しげな、笑みだった。





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