5.国木田とキョン


「初日、おつかれさま」
『なあ、この報告書間違ってないか?』
 通話画面が繋がった途端、僕の台詞に被せるようにして開口一番に問ってくる。誰に対しても礼を失しない性質だけど、仲の良い相手にはぞんざいになりがち な性分は相変わらずだ。
「何か食い違いが?」
『古泉だよ!幕僚総長!“人当たりは良いが誰とも打ち解けない、一線を画した人間。心のうちを探らせないポーカーフェイス”ってどこがだよ!』
「あー…、うん、キョンに会わせた時からおかしかったからね。凄く動揺していて嫌悪感を丸出しにしていた。僕はてっきり『さすが帝国様、ソツがない』と上面の賛 意に手を叩くと思っていたんだけどね。腹のうちは分からないし、機関との繋がりもちょっと心配だったけど、共犯者として適格だと思ったんだけどなー。僕、 古泉君とは何度か会っているけど、あそこまで感情を乱す様子は初めて見た」
『キョンに何か個人的な恨みがあるんじゃないか?この6ヶ月オリジナルから上がってきていた報告書にも観察員からの記録にもそれらしきことは書いてなかっ たけどよ、見えてなかったところで…』
「“君が”、キョンだよ?」
『…分かってる。だが区別しないと話し難いところもあるだろう。この部屋からの通信はそうさせてくれ。
 で、古泉だが』
「うーん…、個人的なことまでは分からないからね。キョンでなく帝国に対しての感情かもしれないし。君にというよりコピーに対して悪感情を示していたか ら。
 不都合そうなら動くけど?」
『いや!まだそこまでは…。ハルヒの手前もあるし、なるべく穏便に済ませたい。今日も終いの方では冷静さを取り戻していたみたいだし。
 携帯端末から開けないプライベートフォルダが出てきた時は目の色を変えていたがな。何か弱みでも握られてたのかね』
「プライベートフォルダ?」
『本人にしか開けないようにロックしてあった』
「ふーん。…で、見たの?」
『いや、まだだ。開けられるかも分からん』
「君でも?」
『6ヶ月も違う生き方してりゃ、もう別人格だ。それに、万一開いてもそのまま上に報告するつもりはない。プライベートだからな』
「まあそこはキョンの判断に任せるよ。古泉君のことも、十分注意して。様子を見て手に負えないようなら連絡して。処理するから」
 あえて冷たく聞こえる言葉を選ぶ。キョンの優しさはどこかでせき止めておかなければ際限がなくなる。
『国木田、俺は…』
「2つ、憶えておいて。
 1つは、“キョン”にはもう代わりは居ないということ。君は君自身を守らなければならないし大事にしなければならない。君だけの問題じゃない。世界がか かっているんだ。たとえ君自身でもそのことを忘れてはならないし怠ってはならない。
 もう1つは、キョンが死んだ時、古泉准尉だけが傍にいたということ。生きているキョンに会った最後の人物は古泉准尉だし、最初にキョンの死体を見たのも 古泉准尉だ」
『…お前、まさか…』
「疑ってないよ。古泉准尉の任務を考えればキョンをどうこうするわけがない。自分の境遇に嫌気が差し世界ごと潰そうと目論んだとかじゃない限りね。ただ、 “コピー”に対してあれだけ感情を高ぶらせたことは憶えておいて。用心して欲しい。これは上官の命令でなく友人としてのお願いだ。…僕は、君の亡骸を二度 とは見たくないんだ」
『…分かった』
 キョンは神妙な顔で頷いた。少し傷付いた風に見えるのは彼自身が傷付いているというより、傷付いた僕の心を写しているのだ。彼自身は他人に気遣わせるよ うな表情は殆ど浮かべない。常に思いやっているのだ、相手を。
 キョンは、優しい。強さを兼ね持った本当の優しさを持っている。コピーにもその性質はそのまま受け継がれていた。
 非道なことをしている、キョンに甘えているとは思うけれど、僕たちは、人類はそれに縋らないわけにはいけない。以前と変わらないキョンの姿に目頭が熱くなるのを押し留めつつ、僕はどうにか理性的に会話を終了させた。

 通信が切れた後、暫しディスプレイを眺める。ここ数年ではこの画面を通して会う事が多かった友の色々な顔が次々と浮かぶ。
 初めて会ったのは士官学校の入校初日だった。たまたま隣の席で、彼から感じた平凡さは仮初の友情を育むのに都合が良さそうだと判断し、こちらから声をか け、すぐに打ち解けた。僕の入校は対象に間近に触れる観察目的からで、士官になる為ではなかった。僕の進路は半世襲制で幼少から決まっていたのだ。たまたま彼 女と年齢が同じということで、一度近くで見ておくと良いだろう、と取られた措置だった。半年後には家庭の事情で退校することも決まっていた。
『キョン?あんたキョン!?』
 広い教室を真っ直ぐに突っ切って彼女がキョンに掴みかかって来た時は本当に驚いた。
『ハルヒ…?お前、ハルヒか?』
 二人は子どもの頃一時期隣人同士だった幼馴染ということだった。
 彼女…正確には彼女の父親はキョン一家が引っ越した後に見つかったので、軍は把握しきれていなかったらしい。知っていたら僕はキョンに近付かなかった…い や、キョンは士官学校に合格していなかったかもしれない。
 彼女にはなるべく近付かないつもりでいたので少々焦ったけれど、彼女が興味を示したのはキョンだけで、僕はキョンの友人その1くらいにしか認識されな かったので、良しとした。
 結局僕は士官学校に卒業まで居座り、彼らとともに学び、SOS団の輪の中には入れてもらえなかったけれど  入れられていたら困ったけれど、少し寂し かった  キョンの友人として彼女に関わり続けた。
 あの時代が無駄だったとは思わない。余計な思い入れを作って、と、苦言を呈されることもあったけれど、使命感は増した。
 昔は自分の立場を呪ったこともあったけど、今は誇りに思っているし今この時代に生まれた幸運も感じている。最期の一人の瞬間に立ち会うことができるの だ、これを幸せと感じず何とする?
 机のパネルに触れ、一つのホログラフを浮かび上がらせる。
 微弱な作動音とともに、淀んだ灰色をした、かつては青かった我ら始祖の星が浮かんだ。
 長い間僕は、その立体映像を眺め続けていた。




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