序 とろりとした液体がみるみる床に広がる。 あかだ。どす黒い、あか。 湯気が出るほど暖かく、どこか甘い、すえたにおいがぶわりと辺りに充満した。 ダメだ、ダメ、ダメ…、止めないと…、ヘモスタティックシート…、カンフル…、次々と単語は浮かぶが、どれも手の届く場所にはない。ただ手でそれの源を押さえるしかできない。どうにかこの流れを止めようと、裂けた肉を必死で寄せる。だがその液体は留まらない。とく、とくという命のポンプの音と共に際限なくあふれ出してくる。その音が止まった時、流れも止まるかわり何もかもが終わる。何とかしないと…、早く何とか…。 「…こ、ず…み…」 「しゃべらないで!」 絶叫に近い怒声だったのに、彼はうっすらと笑った。 「こい…ず、み…、あ…愛して、る…」 常々聞きたいと思っていた言葉だったが、今この時に言われたくはなかった。何度ねだっても言ってくれなかった言葉。何で今…今言うんですが。まるで今生の別れみたいじゃないか! 「黙っていて下さい!今すぐ止血をします。救命カプセルが来るまで大人しくしていて下さい!」 ああ、そんな超然と笑わないで。運命を受け入れたまれびとのように微笑まないで。大丈夫ですから。こんな傷、大したことありません。気をしっかり持って。 「…も、いい…」 がっちりと肩を掴んで引き寄せられ、初めて彼から与えられた口付けは、鉄の味がした。 「…あいつを…、あいつのことを、たの、む…っ」 それが彼の、今際の際に言い残した、最期の言葉だった |