何の冗談かと思ったら本当の話だったらしい。 SOS師団の作戦参謀にして幕僚においては「下っ端」として扱われる彼だったが、実は上級士官学校を出た、軍の正式な階級ではこの師団で唯一の佐官、少佐で、中尉である涼宮閣下より三階級も身分が上だったのだ。 からくりはある意味至極簡単で、下級士官学校生であった涼宮さんが、合同演習中に彼を“見染めた”ということだ。 下級士官学校生だったが涼宮さんは、その特異な能力により、軍内では無視できない、将来的には利用したいが危なっかしすぎて迂闊にあぶみを着けられない、そんな存在だったのだ。 軍は、余程の無茶振りでなければ涼宮さんの自由にさせ、ゆるく囲っておきたいものだから、求められるまま師団一つを与え、監視の意味も込め“下っ端”の佐官を差し出したというわけだ。 「…ということは、あなたは僕たちよりも…?」 「朝比奈さんは軍曹、長門は少尉待遇だが正式な軍属じゃない。お前に関しては名誉中尉、王国から預かった客分だろうが」 朝比奈さんは、士官学校の事務員だったところをスカウトされた。 長門さんは士官学校時代の同期ではあったが元々は軍事作戦中の拾いものだった。最高機密にされている非人類知的生命体 「えーと、この師団では涼宮閣下が示した階級や職名で呼ばれておりますが、公には軍属であることにかわりはないのですよね? ということは師団長ってもしかして…」 「正式には俺だ。命令系統のトップは俺だし、大本営からの連絡や命令も俺が受けている。正規の作戦命令書の署名は全部俺のものだぞ?」 知らないだろ?表には出ないからな…。…ははははは…。 自虐的な乾いた笑いをする。 上官だからと言って涼宮さんが気にするはずはなく、また、軍も涼宮さんの行動はなるべく制限せず、上手い具合にコントロールしろと言うだけだそうだ。 彼はしごく平凡な人物であるという触れ込みで、そしてそれはある意味正しかったが、あくまで“上級士官学校生としては平凡”というだけだ。 平凡な上級士官学校生は、卒業と同時に佐官を命じられる。下級士官学校では少尉であるところをだ。同時に、実戦経験がないままで数千の部下を得、めざましい活躍をせずとも大きな失敗さえなければ退役前には大将にはなれる。一兵卒では人生をやり直したところで到達できない、一種、神の領域だ。 とんでもないエリートだったのだ、この人は。 そう言われてあらためて彼の顔立ち、立ち居振る舞いを見ると、なるほど納得だった。 非常時にも動じることなく的確な指示を出す、無法で破天荒な者の集まりのSOS師団をまとめ上げる手腕、地味だが間違いのない作戦、分析力、無駄のない素早い行動。どれをとっても洗練されており、一介の軍人とは一線を画していた。 それらは、彼本来の資質から来るものだと思っていたのだが、それだけではない、長門さんや朝比奈さん、僕、涼宮さんでさえ受けていない、上級士官として人の上に立つものの教育、訓練を受けてきた賜だったのだ。 「…佐官のユニフォーム、着ていらっしゃいませんよね?」 「『似合わないから着るな』とよ。“閣下”の“ご命令”だ」 階級の差を見せつけるように、佐官のユニフォームは下級軍人のそれと比べて凝っていてとても美しい。紺を濃くしたしなやかな黒で、他に式典服として同じデザインの、純白の衣装がある。 階級によりラインの数と形が違うが、エリートを体現したデザインとなっている。 あの軍服とそれが示すものは、全ての軍人の憧れであり目標だ。 生粋の軍人ではない僕でも佐官服に身を包み、威風堂々と指示を下す彼らを、敬意を以って眺めたものだ。 正装をした彼を思い浮かべ、どくん、と胸が鳴る。 華美すぎない、シンプルだが洗練されたラインの少佐のユニフォームは、彼の魅力をこれでもかと引き立てたことだろう。似合わないわけがない。様になりすぎて、僕たちとの違いをまざまざと見せつけられ、それが涼宮さんのお気に召さなかったのだろう。 触れる。 当たり前のように滑らかな肌が僕の手に吸いつく。 だが本当はこの人は僕たちにとって、雲のずっと上の存在だったのだ。 ふつ、と、邪な興奮が沸きあがってくる。 「…どうしましょう?」 「何がだ?」 「あなたが、上官だとは存じませんでした。あなたの命令には絶対服従どころか、あなたの命なく指一本動かしてはならない身分でしたのに。僕は今まであたなに何度も意見し、あなたの行動に反対したりもしました。これは、軍人であればあってはならないことです」 「それは仕方がないだろう。俺の階級をお前は知らなかったし、SOS師団独自の階級ではお前の方が上だ。ハルヒが勝手に決めた役職だが軍はそれを黙認している。つまり、間接的ではあるが軍もこの上下関係を認めているということだ。気にすることはない。これからもな」 「でも、知ってしまっては僕は今まで通りの勝手はできません。少なくとも、共に行動する時はあなたの命令に従わないといけませんよね…?」 ***** 『共に行動する時はあなたの命令に従わないといけませんよね…?』 何を言いたいのかよく分からなかったが、古泉の目が怪しく光ったので、悪い予感はした。 古泉一樹という男は、確かに、礼儀正しい男ではある。王族なだけあってしきたりや伝統というものにもうるさい。 だが融通の利かない男ではないし、血なまぐさい内乱を潜り抜けてきただけあって強かでもある。従順な飼い犬よろしく伏せをしてみせるくせに、背中を見せれば圧し掛かってくる、油断ならないところがある。 腹芸を好み、そのくせ謀略の底が浅い。 こいつの企みごとなぞ数刻待たずともてめぇから白日の下に晒させることだろう。 「ねえ」 ほらきた。 耳元に湿った息を吹きかけ囁いてくる。 「これから僕はどうすれば良いのでしょう?」 「…これから、って…」 嫌な予感はある一つの形をとってくる。 「言って下さい。僕が…、どうすれば良いのかを…」 「…っ!」 “これから”は今後の軍での身の振り方なんて遠い未来の話ではない。もっと直視眼的だ。 「僕はあなたの命令なしで動くわけにはいきません。ですから」 「…古泉…っ!」 殊勝な言葉にある意味見合った弱弱しさで指を動かす。だがそれは気後れや遠慮からではない。 大体、気後れや遠慮をしている人間が、上官の服をひん剥いてベッドに組み敷いたりするものか。 「ですが“それ”をはっきり知らされたのは少佐の服をお脱がせした後でしたから」 「てめ…っ!」 さも楽しそうにふふふと笑う古泉を睨みつけるが、ああ分かっているさ、上気した頬で、潤んだ目で凄んだところで効果なんぞないってことはな。 大方のお察しの通りだが、俺たちは今、セックスの真っ最中だった。 昼間、つい口が滑って俺が本当はハルヒより階級が上であることを洩らしてしまった。別に秘密じゃない。公式記録を見れば簡単に知れるし、この師団が編成された当時のメンバーであれば誰でも知っている。…忘れているかもしれんがな。ハルヒなんぞは完全に忘れていそうだがな。 だがここではSOS師団独自の階級がまかり通っているし、部下に実権を乗っ取られた師団長なんぞ恥ずかしくて公言する気にはなれなかったのだ。 それが、不条理事が続き、半分愚痴の形でつい口にしてしまった。古泉に対する甘えもあったのだろう。 その時は仕事が立て込んでいて深く追求される暇はなかったのだが、夜の、プライベートタイムに蒸し返された。 古泉は時々、前戯代わりに話をねだる。俺の子供の頃の思い出だったり、古泉と会う前のSOS団での出来事だったり、その日の任務のことだったり。 「あなたの声が好きなんです。あなたのことなら何でも知りたいですしね」 それに、最初は落ち着いた穏やかな声が次第に熱を帯びて支離滅裂になり嬌声に代わるのも良い、などと変態チックなことを抜かしたので殴ってやろうかと思ったが、俺にしても、話をしている方がその…、多少は長く理性を保っていられるので乞われた時は付き合ってやっていた。 今日も古泉の手と舌が俺の全身を確かめる中、ハルヒとの出会い、その後の転落についてつらつらと話をした。 母方が軍人家系で、可愛がられた祖父の教育と勧めにより軍人を目指したこと、特に疑問を持たず言われるままに上級士官学校に入りこのまま「普通に」軍人になるつもりだったこと、ハルヒと関わることになったミッション、その顛末。 別に秘密ではなかったが、結果として古泉には知らせないままでいたことが軽い負い目となり、俺はかなり細かい部分まで進んで話をした。 その間古泉は動きを止めることなく俺を高め、お決まりの手順で行為を進めていったのだが、いきなり、後腔を解していた指が抜けた。 抜いたからと言って次に来るはずの猛った古泉自身があてがわれるわけでなく、指でくるくると周りを擽るだけだった。 「ねえ、少佐、僕は次はなにをすれば?…ご命令くださいませんか?」 「…っ、こんの…っ!」 何をもかにをも、ここまで来たら次は入れるだけだろうが。お前のその硬直した欲望の塊を俺の体内に埋め、ぐちゃぐちゃに中を引っ掻き回して汗と体液と唾液を混ぜ合わせ吐き出す、それだけだろうが! 分かっていないはずがないのに古泉は俺の“命令”を待ちじっとしている。股間をぱんぱんにはらしているのに涼しげな微笑を浮かべ悪戯めいた期待に満ちた目で俺を見つめている。 では俺の上から退け、てめぇの部屋に帰れとでも言ってやれば古泉の鼻を明かすことはできたのかもしれない。 だが、古泉に馴らされ極限まで高められた体を放り出されては俺が辛い。古泉もそれを分かっていてやっているのだ。 意地を張ろうと思って張れないこともないが、俺だってたまには恋人の我侭に付き合ってやりたいと思うこともある。あまり譲歩すると図に乗るから言ってやらんが、その程度には俺は、ちゃんと古泉に惚れている。 後ろの敏感な襞を擽りつつ、「ねえ」と促す根性悪の恋人に、こんな屈辱はないという忌々しげな顔をし睨み、さも悔しそうに唇を噛みしめ顔を逸らし目を閉じる。 「…入れろ…っ!」 「何を…でしょう?」 「それくらい察して動け!バカもん!お前のその、聳え立つ嫌味ったらしい…を、今指で弄っている俺の…に入れろって言うんだよ!」 かなり露骨な言葉を選んでやったら古泉は満面の笑みを浮かべた。 「イエス・サー、仰せのままに」 この似非軍人が。 ちゃんとした軍人は“仰せのままに”などという言葉は使わないし命令の復唱は必須だったが、あんな命令を復唱されてもいたたまれないだけなので不問に附した。 その後も古泉は、どこをどう突けば良いか、イイ場所は何処か、どう動けば良いか、他に触って欲しいところはないか、前が大変なことになっているけど放っておいて良いのか、次はどんな体位がお好みか等、一々問い、命令を乞った。勿論、殊勝な心がけでは全くなく、むしろ逃げ場のない小動物を追い詰め、いたぶっているようなもんだ。 焦らされっぱなしで俺は正気を無くしそうになりながらも古泉の求めに応じて一々命令をし…、最後には問われる前に色々と恥ずかしい命令をした気がする。が、忘れることにする。 回数的にも時間にしても普段とそう変わることはなかったのだが、密度は濃く、色々な意味で酷く疲れた夜だった…。 「…で?貴様は今後は私の命令を第一に従うのだな?」 やけにさっぱりした顔で情事の後始末をする古泉に、わざと上下を意識した威圧的な口調で問うと、古泉はこの上なく爽やかな微笑みをたたえた。 「そのことですけれども、やはりこの師団においては涼宮閣下が絶対だと思うわけですよ。少なくとも表面上はSOS団の理に則らないわけにはまいりません」 「…おま…」 「その代わり、涼宮閣下の目の届かないプライベート、夜は少佐に従いますから」 辺りにハートマークが飛んでいそうな嬉しそうな声を出しやがって何をいけしゃあしゃあと…。 余程さっきの命令プレイが気に入ったようだが冗談じゃない。主導権を握られたまま名だけあって何になる。 「その必要はない」 「えー?ですが…」 「プライベートくらい軍人でなく恋人であることを優先させろ。ベッドの上でまで上司扱いは真っ平だ」 肩に頭を乗せ擦り付けると、古泉が息を飲む気配がし、命じてもいないうちに、俺の体を抱きしめた。 書きたかったお話。…ですが。 …あれ…?なんか温いぞぅ? 本当は、バリバリR18で、言葉責めの変態プレイが中心のはずだったのですが…、力不足です。 年下攻とか、下官攻めとか好きですが、年下だけど体格が年上より良いとか、下官だけど上官より実力はあるとかでなく、年下なりの背格好、下官なりの実力で、でもベッドでは逆転、というタイプが好きなのです。…語ってどうする。 この設定でもう少し続けて書きたいなぁとも思ったりはしているのですが…。ハテサテ。 |