2. 古泉




 カ、カ、カ、カ、カ、と、規則正しい蹄音が響く。
 よく調教された馬のギャロップだ。決められた枠からはみ出せない哀れな獣。
 耳障りだ、ムカムカする。従順な無気力、怠惰の別名だ。何よりも不快な。
 その音が実は自分の履いている革靴の音だと気付いた時は、構内を裏道を突っ切って公道に飛び出していた。
 公道と言っても大学しかない町の、駅側でもバス停側でもない、ゆえに学生アパートも店も少ない、人気のないアスファルト路だった。
 風もないのにひゅーひゅーと音がする。それが自分の呼吸音で、体中汗でぐっしょりだと気が付いて、腹の底から怒りがこみ上げてくる。
 いまいましい。
 息を乱したことを認めたくなく、爆走する心音をそのままに、足を帰路に向けた。

 何故、あいつが此処に居るのだ。
 亡霊よりもタチが悪い。ゾンビだ。抹殺したはずだったのに、朽ちた肉体を持ち墓から這い上がってきた化け物だ。
 偶然だと言ったが本当だろうか。やはり機関の差し金ではないか。あるいは、涼宮ハルヒの力が識閾下で影響したとか。
 …そんなわけがあるか、古泉一樹。よく考えろ、お前は誰からも、それほどまでには望まれてはいない。
 涼宮ハルヒは僕の力を奪い、用無しの烙印を押した。機関は力のなくなった僕をあっさり蚊帳の外にけ飛ばした。それまで、涼宮ハルヒの直近の能力者として参列してきた対策会議の門を目の前で閉ざされ、ちょい役の協力者が得られる程度の情報しか拾えなくなった。
 未来人やTFEI端末も、それまでは交換条件的に情報を流してくれていたのに、同じクラブの一員以上の接触を求めなくなった。
 僕に、利用価値はない。
 幾ら国家レベルの機密を知っていようがだ。吹聴したところで知らぬものは誰も信じない、信じたところで利用しようがない、また、知っているものからすればミステリ小説の表紙裏に書かれた粗筋程度の外枠しか掴んでいない機密など、存在しないにも等しい。
 価値のない人間にかまけていられるほど各勢力は暇ではないし、人員も足りてはいない。
 あいつは、本当に偶然で此処に来たのだ。
 こんなことならあの時きっぱりと決別しておけば良かった。
 卒業式の日、最後のプライドからSOS団の古泉一樹のままやつらの前から消えた。あいつが性懲りもなく追いかけて来て「いつまでも仲間だ」などと片腹の痛い哀れみをかけてきたものだから、はねつけたけれども、それでも笑顔は崩さなかった。泣き叫ぶより睨むより、その方が鋭い傷を与えられると分かっていたから。
 力がなくなった日に、もう二度とSOS団とも涼宮ハルヒとも機関とも関わりを持つまいと決意し、周到に準備をした。
 機関からは今後一切の干渉,接触を絶つという約束を退職金代わりにもぎ取った。僕の個人情報を、たとえ涼宮ハルヒにであっても流出させないというオプション付きでだ。
 大学は、今年は受験を見送ると高校にもやつらにも機関にも嘯き、万一の時の為にと高二の時取った大検資格を使って此処を受験した。こうしておけば高校側に進路の記録は残らず、僕の行く先は分からない。だがそれが裏目に出てしまった。
 あの時、お前達の顔はもう見たくない、二度と会いたくない、僕に構うなと吐き捨て関係を壊してしまって、ついでに僕の進路も教えておけば、あいつもこの大学は選ばなかっただろうに。
 僕はもうあんな連中とは付き合いたくはない。
 あんな、全能な化け物や、未来人、宇宙人、そいつらに囲まれ時間遡行や異世界体験をして平気でいられる非常識な人間とはきっぱり手を切っておくべきだったのだ。
 だって、僕は違う。
 僕は、あいつらとは違う。



「あなたは特別な人間ではありません」
 かつて、母から向けられた言葉を思い出す。
「いいですか、一樹、あなたは決して特別な人間ではありません。今あなたの持つ能力は特別なものでしょう。ですがそれはあくまで偶然授けられたものであり、あなたが特別であなただから選ばれたというわけではありません。ゆめゆめ勘違いしないように」
 僕に力が備わった、その暫く後のことだ。
 家庭環境柄僕は、少なくとも両親と祖父母にはこの力の事を告げて理解してもらう必要があった。この、荒唐無稽な二流の特撮のシナリオのような話を、受け入れてもらうのに時間はかかると思ったし、本当の意味で理解されることは未来永劫ないと思っていたのに、母は真っ先に受け入れ、そして当事者である僕よりも「正しく」理解した。
 真っ先に受け入れたが母は誰よりも厳しかった。
 父や祖父母はこの非常識な力を予想通りなかなか受け入れられなかったが、機関上層部の説得と、いくつかの証拠を提示することで信じて貰えた後は、“アルバイト”には協力的で、世界の為に小さな体で戦う僕を全力で労ってくれた。日常から逸脱した行動を取ったり、精神的に荒れて物や人に当たった時でも黙って見守ってくれていた。
 ただ母だけは、誰よりも早く理解したあの人だけは、僕を厳しく律した。
 夜中、神人と戦ってどれだけ寝不足だったとしても、今日は休みたいと願っても叩き起こされ朝食をとらされ学校に送り出された。同じく、どれだけ疲弊して帰宅しても閉鎖空間帰りであってもその日の復習と明日の予習をしないうちは布団に入ることは許されなかった。
「でもお母さん、今日は僕、給食の時間に神人が出て、大きいのが三体も暴れ回って大変だったんだ」
「給食の時間に?全部食べられなかったの?では先におやつにしましょう。栄養が足りないと頭に血が回りませんからね。午後の授業は出られなかったのね?では復習の前にその分を進めましょう。社会科と国語だったわね。取り敢えず手を洗っていらっしゃい。その間に用意しておくから」
「でもお母さん!僕ちょっと怪我をしちゃって、それで凄く疲れてて…」
「怪我?どこです?手当は?…そう、では大丈夫ね。悪化しないよう居間でなくキッチンのテーブルでいたしましょう」
「お母さんっ!僕、凄く頑張ったんだよ?世界を守ったんだ!疲れをとっておかないと、次にまた神人が出た時にちゃんと戦えないかもしれないじゃないか!世界が危ないって時なのに、勉強なんかにかまけてられないよ!」
 あくまで冷静にテーブルに勉強道具をセットする母に苛立ちをぶつけると、母は手を止めゆっくり向き直り、背筋をしゃんと伸ばして正面から僕を見下ろした。
「超常的な日々を送っているからこそ、日常を疎かにしてはいけません。何故なら、非日常というものは日常が存在しなければあり得ないものであり、最終的に残るのは日常だからです。日常を渡る訓練を怠ってはいけません。確かに、世界が崩壊すれば学校の勉強など意味はないでしょう。ですが世界が崩壊しなければどうなります?しないことが前提なのでしょう?あなた達はその為に戦っているのですから。
 やがてその非日常が消え、あなたの世界にも日常が戻ったとします。その、“ある少女”の力が消えたり安定したり、またはあなたの力が何らかの理由で用をなさなくなったとします。その時あなたに何が残りますか?
 まともな教育を受けているものであれば当然持つ知識を持たず、それゆえ、進む路は限られ取り返しが付かなくなる、あなたの残りの人生は空虚でしょうね。
 その時が来れば巻き返せるとは思わないことです。記憶を司る脳のシナプスは子供の時代に活性化させることで成長し、一定時期を過ぎるとそれ以上は伸びません。今、学ぶべき事を学んでおかなければあなたの脳の成長はここで止まってしまいます。
 何も人より多くのものを学べと言っているのではありません。あなたの年代の子が過ごす日常、習得する知識は最低限得ておきなさいと言っているのです。
 あなたの任務は重要で、大変なことも分かっています。ですがだからと言って他をなまけていては将来困るのはあなた自身です。“機関”とやらは物質面では援助してくれても、あなたの脳の皺は増やしてくれませんよ。
 あなたはまだ子供ですから、自分で律するのは難しいでしょう。大人でも困難なことです。ですから私はあなたが人並みの日常…あなたの年であれば本当の「仕事」、学校と勉強を疎かにしないよう、全力で助力いたします。それが私の、母としての役目であり任務なのです」
 当時、母の言うことを全く理解せずふくれっ面をした僕に、母は「さあ」と教科書を開くよう促しつつ、続けた。
「いいですか、一樹、あなたの持つその人外の力は元々備わっていたものでも、あなただからこそ与えられたものでもありません。あなた自身は、何の取り柄もないとまでは言いませんが、あらゆるものになれる可能性と何ものにもなれない可能性を同じくらい持った、どこにでも居る普通の子供です。
 自分は選ばれたヒーローだなどと、ゆめゆめ思わないこと。人と違うことと言えば、人より少し変わった経験をしたということだけです。その経験も、後に活きなければ無駄になりますし、場合によっては枷にしかなりません。
 ですが今無理にでも身につけた学力は、今後人の世に生きるつもりなら必ず将来糧になります。
 今は私の言うことは分からないかもしれません。それでも構いません。心の片隅にでも置いておいて、必要になれば取り出しなさい」
 全力で助力すると言った言葉通り、母は毎日僕の前に座り勉学のパートナーをつとめた。その日進める教科は予め読み込んでいたようで、何を質問しても淀みなく答えた。たまに反逆心から教科書に載っていない副次的質問をしてみたが、曖昧に誤魔化したりはせず「私にも分かりません。ですが次回までに調べておきましょう」と宣言し、何十倍もの利息を付けて返してきた。例えば、古典で万葉集のなかの歌について勉強していた時、「この時代にどういう位置づけの歌集だったのか」と問えば、万葉集とその研究書数十冊を読み込んで10枚のレポートに纏める、といった風に。とてもじゃないが付いて行けなかったので、そのうち僕は余計な質問をせず  つまり反発をせず  黙々と課題をこなすようになっていた。
 世の口と精々金だけを出して子供に勉強させる教育ママと違って、母は教師であり監視人であった。
 僕の第一は神人退治ということは過たず理解しており、その為に授業を早退することも家の行事を途中退席することも不問にし、真夜中であれ早朝であれ、呼び出しがあれば見送り、僕が帰るまで起きて待っていた。風呂も食事もとれる時間にと常に用意されていたし、破れた衣服はその日のうちに繕うなり新しい物が用意されるなりしていた。
 実地面では誰よりも協力的で、僕をサポートしてくれた。ただ、同じように僕に対しても尽力を強いた。
 初めこそ反発した僕だったが、母の揺るぎ無い信念に、刃向かう時間の無駄を悟り、やがて、どれだけ疲れていてもその日の授業の復習と翌日の予習をしなければ布団に入る気にならない習慣を付けられてしまった。

 母は正しかった。
 今にして思う。
 あの時代の習慣づけのおかげで、学業にも進路選択にも一切苦労しなかった。それに関しては早い内に気が付いていた。あの習慣がどれだけ僕の日常を易くしたかは、学業が重みを増す一方神人の出現頻度も増えて行った中学時代、まともに勉強をする時間を取れなかった高校時代に痛感していた。
 そしてもう一つ。
 今。力のなくなった今にして知る。
 『あなたは、特別な人間ではありません』
 そう、母さん、あなたは正しかった。
 僕は選ばれたものでも、ヒーローでもない。ストーリィテラーですらない。
 思い上がっていました。勘違いでした。神に見放されて初めて気が付きました。
 もう、十分だ。もう二度と世界の生滅に関われるだなどと思わない。関わるつもりはない。
 世間に埋もれるように平凡に生きていくのだ。
 もう誰も、僕に構わないでくれ…。



■■■



 酷い気分のまま眠った。
 そのままでは寝付けそうになかったのでマンションの向かいの酒屋でアルコール度数の高い酒を買い込み前後不覚になるまで飲み、正しくベッドに倒れ込んだのだが、眠っている間中、酷い夢ばかり見て寝覚めは最悪だった。これだったら徹夜した方がマシだった。
 気分は最低でも大学に行く。一年皆勤している僕が、サボタージュする非日常は容認出来るものではない。それに、大学に行く方が気が紛れる。昨日は新歓をうっちゃってしまったからフォローも必要だろう。
 大丈夫、新学期が始まってから一ヶ月近く、一度も構内で見かけたことがないのだ、会うはずがない。

 さて、人は苦手なものほど目に付くものだという。例えば、ゴキブリが平気な人は部屋を横切られても気にしないので気が付かず、嫌いな人は嫌悪ゆえ、めざとく見つけてしまうという。
 昼休み、売店の入り口で友人と思しき男と談笑するあいつを見つけた。パンを買うつもりだったが一つ舌打ちし、昨日の宣告通りきびすを返す。なれ合うどころか、すれ違う気すらなかった。
 C棟のカフェにでも行こうかと足を向けたが思い直す。どうせ二日酔いで食欲はない。昼は抜いて正門向かいの総合書店に向かおうとしたところ。
「…あなた…、なんで…」
「…よ、う。古泉…」
 わざわざ避けたはずの男が目の前に居た。
「何の用です?近付くなと言ったでしょう?なんでわざわざ僕に寄って来たんです…っ?」
 売店から普通に歩いて追いつく距離ではない。僕を見とめて、僕を捕まえる為に走ってきたのだ。
 あれほど釘を刺したのに、どういう了見だ。
「や…、昨日のことで…、…お前が誤解しているみたいだったから正しておこうと思ってさ…」
「誤解?僕が何を思い誤っていたというのです?」
「…ハルヒのことだが…」
「何のことですかね?僕はあの人のことを誤解していることは何もないと思いますが」
 メインの動線からは外れているとは言え、昼休みのキャンパス内で、目立つ争いはしたくなく、抑えた声で問う。
 彼は顔を曇らせ眉を顰めた。
「…ハルヒはお前を捨てちゃいない。俺たちのこともだ。お前を解放したのも、一人で海外に発ったのも、あいつなりの思いやりで成長の証だ。酷い怪我をしたお前のことを気遣って、今でもメールが来る。…お前からは『もうすっかり完治いたしました』って返事が来たけど…、…あれ、お前じゃないんだな?
 とにかく、あいつは俺たちのことは忘れていないし、大事な仲間だと思っている。夏には一時帰国するそうだから、一緒に会おう。な?」
 わざわざ何を言いに来たのかと思えば、その程度のことか。
 そんなことは今まで散々聞かされてきた。
『あなたを、もう傷付けたくなかったのね』
 他の能力者たちはどうなんだという、簡単な疑問すら見ないふりをして?
『友人としての君を大切に思っていたんだよ』
 友人?友人?友人?
 都合の良い時だけ声をかけ使って、要らない時は見向きもしない、用がなくなれば切り捨てられる相手が?是としか言わない、己の意思を持たない人形を友人と言うのなら、彼女は人形遊びしか出来ない子供だ。
「…何か勘違いしているようですが」
 自分で自分の表情を見ることはできない。だが目の前の男の顔からさっと血の気が引いたところを見ると、多少の推測はできる。
「僕は、涼宮ハルヒに能無しの烙印を捺されて落ち込んでいるわけじゃない。あの人から解放されて、顔色を伺う必要がなくなって、奪われた五年を惜しみ、悔やみ、人の人生を弄んだ暴君を憎み、言いなりだった日々の己を嫌悪しているんですよ」
「そんな、ハルヒの力は…」
「ええ、確かにあの人の力はあの人が望んで得たものでも、意識して使っていたわけでもない。でも、高校時代の暴虐の数々は力とは関係ない、彼女のやり口でしょう?  それを今さらどうこう言うつもりはありません。僕は選択肢がなかったとは言えそれを受け容れていましたからね。でも、受け容れる必要がなくなった今、あの時代は僕にとっては汚点で黒歴史です。涼宮ハルヒがどうこうではない。僕が、無駄に過ごしたあの時代を忘れたくて、だから近付くな、顔を見せるなと言っているんだ。
 …分かりましたか?」
 出来の悪い生徒を、クラス中の見せしめの為に吊り上げる意地の悪い教師のように、体を逸らせて見下ろすと、彼は絶句した。
 反撃する時間を与えまいと、それでは、とわざと脇をすり抜ける。
 走り出したい衝動を抑え、すれ違う瞬間に腕を掴まれはしないかと怯えつつ、ことさらゆっくりとした歩調でその場から遠ざかった。
 今度は彼は追いかけては来なかった。

 最悪の気分だ。
 気がそがれたのでこのまま帰ることにする。午後の授業はドイツ語。実習単位で出席には厳しい授業だったが今の精神状態では当てられてもろくな答えはできるものではない。後で病欠届を出しておけば日頃の行いが利いてやり過ごせるだろう。

 僕の、五年間を返してくれ。

 その言葉は殆ど無意識に発せられた。
 それまで僕は、確かに高校時代を忌んではいたが、具体的にその理由を突き詰めて考えはしなかった。
 いきなり力がなくったことに呆然とし、あの人にとって僕はその程度の人間だったのだと虚しくなった。僕が一所懸命闘ってあなた自身の葛藤から世界を守り、後遺症の残りかねない大怪我をしてのに一瞬でお役御免か。心の奥にぽっかり穴が空いた。その穴は奥深くどこまでも重く、ブラックホールのように僕を余すところなく吸い込んでしまった。
 残ったのは倦怠感と虚無感。深く考えることを拒否し、全てがどうでもよくなり何もかもを投げ出したくなった。その本能に従い機関と決別し、過去を捨て見知らぬ土地に来たのだ。
 僕自身でも何故そこまで心が凍ったのか良く分かっていなかった。防衛本能から考えなかったのだ。考えたところで仕方がなかったことだったのだ     
    僕の、五年間を返して。
 一旦口にすると、その思いは岸壁に打ち付ける冬海の荒波のように何度も何度も激しく胸に打ちつけてきた。
 アレの所為で、僕は、小学校の卒業式に出られなかった。中学の修学旅行にも行けなかった。約束をしょっちゅう反古にしたので、友人たちと殆ど約束をすることはなくなってしまった。家族旅行も、あれ以来一度もしていない。それまでは、年に2回は一家総出で出かけていたのに。
 みんなと一緒にキャンプをしたかった。スキーに行きたかった。まだあどけない小学生だった頃、二年後の万博に連れて行ってやると言われて、遠いその日を待ち焦がれたこともあった。
 物質的な側面ばかりでない、精神的な面でもだ。
 星を見るのが好きな子だった。内向的な性格だったので、自ら宇宙に出たいとは思わなかったけれど、漠然と、星を見て過ごす生活、天文学者とか孤島の世捨て人に憧れた。SF小説も好きだったから、壮大なスペースオペラを空の果てに見て胸を高鳴らせたりもしていた。
 だが、彼女の存在で全てが色あせた。星も世界も、誰かの意思により作られた可能性、その仮説は夢に失望するに十分なインパクトがあった。
 さらに、情報統合思念体や未来人の存在を知り、あらゆる探究心、向上心にミソが付いた。
 宇宙人は実在するか否かというSF好きの仲間の嬉々とした議論にもう僕は加わることはできない。何の面白みもなく、確かに存在することを知ってしまった。
 時間移動者が小出しに見せ付ける未来の所為で、人の世の行く末、僕が得られるべくもない先を垣間見、人の歩みの遅さに絶望した。
 あの五年の所為で、僕は、夢を見る力を失ってしまっていた。
 急に視界がぼやける。
 冷たい液体が目に盛り上がり、溢れて頬を伝った。
 涙だ。
 心が悲鳴をあげている。
 返してくれ、あの頃の僕を。僕の心を。僕の未来を!
 …憎い。
 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い。
 僕から何もかもを奪ったあの人が。
     いっそ、世界など、壊れてしまうが良い…