序:灰の空、闇の空




 灰色の世界が砕け散り現れた世界はさらに深い闇だった。
 ひと足先に地表に降り立った僕は、共に戦った仲間たちの帰還を待つ。
 蛍に似て、蛍にしては朱すぎ大きすぎる灯がふわりふわりと降り落ち、地面に着く直前に照る人型へと変わる様は、何度見ても美しいと思う。
 表情を思い出した兵士たちは、あるものは安堵を、またあるものは苦悩を、一様に放心しかけた顔に浮かべていた。
 お疲れ様、と、待機していた後方支援部隊員から声がかかり、各々に生気が戻る。夢から覚めたような顔でもあった。
「少し星を見てから帰ります」
 帰りの車を断り、草むらに腰を下ろした。
 閉鎖空間の出現場所はある程度ポイントは決まっているけれどもランダムだった。法則があるのかもしれないけど解明されていない。
 都会にしては星が臨めるこの高台に、星が見えるほど澄み晴れた夜に下ろされたことは一種の僥倖だった。夜気を胸いっぱい吸い込んで目を細める。
「気持ち良いよね」
 後ろからいきなり声がかかり不覚にも跳ねあがった。車は全部出たと思ったのだが。
「ごめんごめん。彼女の花摘み待ちなんだ。折角だからデートして帰ろうって」
 3つ上の先輩だった。恋人も能力者で  正確には能力者同士で恋人になった  、いつも二人で行動していた。
「…いえ、みなさんお帰りだと思ったもので」
 弁明めいた作り笑いを浮かべると先輩はもう一度ゴメンと謝って笑った。
「星、良く見えるよね。都会にしてはだけど。ここら辺、明りがないから閉鎖空間よりよっぽど暗くて帰ってきた時ちょっとびっくりしちゃった」
 同じことを思っていたので少々驚いた。
「でもね、空気が違うよね。閉鎖空間はどっか淀んで停滞している。明度はあっても暗くて息苦しいわ」
 僕もそう思う。
「でも俺、閉鎖空間嫌いじゃないんだなー。…や、閉鎖空間自体は嫌いかな。でも、神人倒して閉鎖空間が破られる時、世界が元に戻る瞬間が好き。空が薄い氷みたいにしゃらんと割れるの。あれ綺麗だよね。…不謹慎かな?」
「…いえ。…僕も…、僕も、綺麗だと思います」
 だよねぇ、と破顔し、先輩は、戻ってきた彼女と一緒にその場を後にした。

 今度こそ人の気配がなくなった草むらに寝ころび星空を眺める。
 綺麗だと思った。
 この力を得て、世界の意味を見失いかけた頃、星を見上げるのは苦痛だった…大嫌いだった。僕が星を好きだったのは、あの輝きが何万年も前の宇宙の真実だったから…、星は既に無いかもしれない、でもその輝きは生きている、その星が確かに在ったのだと教えているからで、世界の存在が揺らいだ時、それは真実ではないかもしれない、また今真実だとして、将来は変容してしまうかもしれないと知り、急に不安になり、虚しくなった。歴とした遺産だと思っていたものが偽物だと知らされたような虚脱感に襲われた。
 けれども、最近になってまた、僕は星を仰ぐことが楽しいと思えるようになっていた。過去においても未来においてもそれは紛い物であるかもしれない。だが今、今この一瞬は、少なくとも僕にとっては真実で、かけがえのないものだと思えるようになったからだ。
 満天の星空は比類ない。清浄で、正常で、純然たるものだ。

 だからこそ、閉鎖空間が破られ現れる星空は、何にも増しひたすら、美しいと思った。






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