4月1日の告白




「僕のこと、どう思っていますか?」
 そう問うてきた古泉の目は、僅かばかりの茶目っ気と、淡い期待を浮かべていた。
 ダイレクトな言葉を望んでいるわけではない。ついさっき「僕はあなたのこと、嫌いですよ。…なんてね。ふふ、今日は4月1日ですからね」とさりげない風を装った、全然さり気なくない前振りがあったからな。
 エイプリルフールを踏まえて的を射た回答をせよと、この哀れな愛の囚われ人は要求しているわけだ。

 古泉とただならぬ仲になってから4ケ月が経とうとしているが、俺は一度として、正気の時に「好きだ」及びそれに類する言葉を告げてはいない。
 理性を剥ぎ取られた、文字通り赤裸の状態では何度も言っているのだが正体を保ったままで口にしたことはない。
 言わなくとも、体の隅々のみならず、あらゆる痴態を見せつけ、夜と言わず昼と言わず乳繰り合っているこの状態で、疑おうものもないのだが、やはりそこは言葉も欲しいらしい。
 何かにつけねだってくるのだが、俺の、シャイで天邪鬼な気質が叶えることを阻んでいた。
「そのうち言ってくだされば良いですよ」
 余裕の笑みで寛容なところを見せたつもりらしいが、告白から一足飛びに最後までコトを進めた性急な狼がどの口で言う。
 古泉にしてみれば、階段一つ分、一段低いハードルのつもりで、この日ならではの言葉で愛を告げろと、そう言っているのだ。
 古泉のお手本に倣えば、「お前なんか嫌いだね」。もっとサービスしてやるなら「お前のこと、世界で一番大嫌いだ」くらいかな。

 だが俺は、そう言ってやる気にはならない。
 何故なら、それじゃ“嘘”にならないからだ。

 古泉のことは好きだしこいつの恋人で幸せだなとしみじみと思う。
 その一方で、古泉なんか好きにならなければよかったのに、と思うこともある。
 古泉を知るにつれ、深く付き合うに従い、どんどん想いが大きくなってたまらなくなる。
 古泉に会えない日は寂しくて泣きそうになったり、古泉のちょっとした言動で落ち込んだり浮かれたり。俺の世界が古泉で染まり、古泉に侵食され、古泉なしでは一日が始まらず終わらない。
 そんな自分が滑稽で、時々死にたくなるほど嫌になる。いっそ古泉なんかいなければ、こんな醜い自分を持て余さなくて良いのに…とさえ思う。…や、本当に古泉が居なくなったらそっちの方が嫌で困るがな。
 兎に角俺は、そんな、俺を惑わす古泉が、好きで好きで好きで好きで、そして嫌いだった。
「…お前なんか、大嫌いだ…」
 古泉の夢を見て、苦しくて目が覚め、涙まで浮かべている自分を嫌悪し、闇に染まる布団の中でそう呟いたことも一度や二度ではない。
 俺を満たし窒息させる古泉が時々たまらなく嫌いだった。
 だから、言えない。「嫌い」は決して嘘ではないのだから。

「ねえ、僕のこと、どう思っています?」
 もう一度古泉が問ってくる。謎かけをするような口調で。
「別に」
 だから俺はこう返す。
「俺はお前のこと何とも想っちゃいないよ」
 あからさまにがっかりした古泉を尻目に立ち上がり、台所の隅で肩を竦めて笑った。

 “愛の反対は憎しみではなく、 無関心です”
 かの有名なマザー・テレサの名言を、あの半端に聡い男が、じきに気付いて追いかけて来ることを期待しながら。





………ぽえむ?