※このSSは、こちらの4コマの補足となっております。一応先に見ておいて下さい。


ウソから出たコイ



 「あなたが僕に惚れないわけがない」
 話がありますと俺を呼び出した古泉は、人目があるところでは不味いからと自分の部屋に連れ込みソファーベッドに座らせ何をとち狂ってかそう言った。
 ハルヒがらみのあれこれだろうと当たりをつけていた俺は、想定していなかった言葉に目が点になった。日本語であることは理解したが、東北奥地の方言でも話されたように、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
 字面を数度頭の中で転がしてみたが、前後の文脈不足もあっただろうか意味をなさず、何かの暗号かと単語を分解してみるも、俺のささやかな脳みそでは答えを導くことはかなわなかった。
 自慢ではないが俺は、本格ミステリーなぞで「読者への挑戦」を叩きつけられても、胸に当たった白手袋を逡巡なく踏み潰す無頼漢のように解答編を読み進める男だ。ましてや普段の行いでもミスリードだらけで話をややこしくするのが得意な古泉のことだ、考えるだけ時間の無駄だ。
「どういう意味だ?」
 眉を寄せて問うたところ、古泉は、悩ましげに顔を顰めて首を横に振った。
「誤魔化さなくて結構です。あなたがゲイなら僕のことを嫌いなはずがありません。
 自慢ではありませんが僕は、そちら側の方からは非常に好かれるタイプなのです。今まで何度言い寄られて嫌な思いをしたことか…。…ですがそのお陰で想いを遂げられるのですから今では感謝しております」
 そりゃ確かに自慢にならないことだな。…って何か今、変なこと言わなかったか?ゲイ?誰がゲイだって?
「隠しておきたい気持ちは分かります。その性向は生物として不自然であり人類においてもマイノリティ、日本ではまだまだ差別の対象ですからね。
 ですが大丈夫です。僕はゲイではありませんが、あなたのことが好きです。ええ、僕は、男だから好きになったのではなく、あなただから好きになったのです。
 この気持ちに気付いてから、ずっと悩み通しでした。僕はずっと性的にはスノッブで、女性としか付き合ったことがありません。あなたも当然そうだろうと勝手に思い込んで、不毛な、報われない恋だと苦悶いたしました。それが、ああ、神様!何たる僥倖でしょう!両思いだったなんて!今時どんな陳腐な恋愛小説でもお目にかかれない奇跡ですよ!」
「ちょっ、ま!待て、待てっ、古泉!」
 言うが早いが覆い被さり、頭をぶつけんばかりに顔を寄せて来たので慌てて古泉の胸と俺の胸の間に手を挟み込んだ。
 ゲイ?両思い?何を言っている?
 一体なんなんだ、この男は!この体勢は!
 訳が分からないまでも、反射的に腹から湧き上がる怖気に押されて顔を背けたその耳元に口を寄せられ「解答」が告げられる。
「好きです。あなたが…」
 テレビドラマや小説では乱発されている陳腐な台詞だが、実際に面と向かって言われるとクサいと思う隙もなかった。それは今まで聞いたどんな名優の台詞より熱くねっとりとした甘いもので、俺の心臓を跳ね上げた。
 何の遠慮もない剥き出しの感情は、加減を知らない子供の体当たりのように鳩尾を強打して呼吸を止める。
 一寸遅れて鼻に届いた古泉の匂いは、甘い外見に反して紛れもない雄の猛々しさを纏っており本能的な恐怖を感じた。取り敢えずこの体勢からは逃れないと…、と、体を捩ったところ、テーブルに置かれた電波時計の文字盤が目に入ってしまった。
 そこで俺は今日という日の持つ意味を思い出し、もしかしてこれ、エイプリールフールの悪ふざけか?そろそろハルヒが「どっきりカメラ」の看板を持って出て来んじゃね?だとしたらあまりギャーギャー騒ぐのも、あいつ策略にハマる感じで面白くなくね?と、逡巡したのが不味かった。
 そのまま力の限り抵抗していればあいつも自分の過ちに気付き、目を覚ますことが出来たのかもしれないが、俺は力を緩めてしまった。それを了解と取った古泉は、人には言えない、あんなこんなの破廉恥行為におよび、流石にそれはヤバいって!と慌てた時には既に遅く、古泉は鼻息を荒げるだけで聞く耳を持たず俺の方も断固とした制止をする力は失われていた。
 詳しいことは割愛するが、三時間後には俺は、涙やら涎やら精液やら血やら、人の出すあらゆる液体で体中をぐちょぐちょにして、ソファベッドの上で放心状態のまま古泉に抱きしめられていた。

 あれはレイプだったとはっきり言える。一方的な、最っ低の暴力行為だ。たとえ最終的に肉体的な快感は得たとしても、相殺される罪ではない。
 ただ人間ってのは不思議なもんだよな。そんな性犯罪の後に生まれたのは加害者と被害者ではなく、一組の恋人同士だったんだからな。
 喧嘩の末に生まれる友情があるように、はるか低い確率とは言え体から生まれる愛もあるってことだ。体開けば心も開くって言ったのは、どっかのプロ野球選手の奥さんだっけかな。
 だが当時は古泉に対して友情以上のものを感じていなかった俺は、心の奥に生まれかかった熱に気付くはずもなく、一方的な暴力をふるわれたとだけ捕らえて、古泉を罵倒した。
 信じられねぇ、バカ、ヘンタイ!死ね!
 思い付く限りの悪態を吐いて詰ったのに、古泉は一歩も怯まず、うっとりとした笑みを浮かべて力の入らない俺の拳を、その滑らかな胸板で受け止めた。
 分かっています、愛しています、幸せです。
 暖簾に腕押し、糠に釘、だ。
 その後も罵詈雑言の限りを尽くし、学校では避けまくり、団活中も無視を決め込んでいたのに古泉は全く悪びれず、隙あらば俺に付きまとってきた。
 まるで、嫉妬で拗ねている年の離れた恋人を大らかに見守る紳士のような風情だった。
 あまりにも古泉が自信たっぷりに両想いを前提に接してきたもんだから、流されやすいところのある俺は、あれ?もしかして俺って元々古泉のことが好きだったか?でもって自分では気付かなかったけど、周りにはバレバレで、んで、たまたま古泉も俺のことが好きだったから俺をリードしてくれたのか?と思うようになってしまった。
 多少の紆余曲折はあったが二ヶ月後には立派なホモカップル、いっちょ上がり、だ。…ちくしょうめが。
 近頃ではあの時古泉が強引に俺の心を引きずり出してくれなかったら、今のこの心地良い日常はなかったわけだと感慨に浸ってすらいた…というのに!

「つまり、僕の早とちりだったというわけです」
 やや困惑気味に告白してきたのが一年後、つまり今日、今年の4月2日だ。
 去年のエイプリールフールにハルヒが吐いた「キョンってゲイなのよ」という嘘を真に受け、同性ゆえ報われぬと諦めていた片恋をしていた古泉が、それならば…と行動に出たというわけだ。
 4月1日にそんなベッタベタな虚言を見抜けなかったのかよ!このアホが!
「確かに、冷静に考えれば4月1日でなくとも疑ってかかるべき言葉です。ですが涼宮さんの言葉には魔力めいたものがあります。白い鳩でも涼宮さんが黒と言えば黒に見えてしまうような。さらに、人間は自分に都合の良いことは、よりそれらしく聞こえるものです。あなたに恋い焦がれていて恋人同士になりたいと思い続けていた僕がその言葉に縋らないわけがないでしょう」
 開き直った逃げ口上をほざく割には顔色は暗い。
 目を泳がせ、何をか心痛している。
「…あの、それで…?」
 それで、って何だ?それで、って。この先お前は俺に何を聞きたい。
「いえ、ですから…、あなたはノンケだったわけですから、今この関係に、その…、何か思うところがあるのではないかと…」
 その目に浮かんでいるのは不安だ。今になってようやく、初めから相思相愛だったわけではなく、俺が古泉のことを本当は好きでも何でもないんじゃないか、って疑いだしたってわけだ。…遅ぇよ!
 アホだ、こいつ。大バカヤロウだ。
 この一年何を見て来たってんだ、てめぇは!
 そりゃ俺は、古泉ほど言葉の安売りはしない。天邪鬼にも正反対のことを言うことはよくある。だが態度を見ていれば分かるだろうし、ちゃんと告げたことだってある。今更それを疑うって、お前の目は節穴か?
 …まあ、節穴なんだろうな。ハルヒのベタベタな嘘を見抜けず、その後の俺の、その当時の真意を見抜けなかったもんな。
 いや、節穴ってよりめくらだ。
 ハルヒの嘘は信じられて俺の態度は信じられないって言うのかよ。昨日の、思い出すのも死にたくなるベッドの中での痴態の意味は何だと思っているんだ、このすっとこどっこい。
 言いようのない怒りがこみ上げてきたが、アイデンティティを覆されて寄る辺なく身をちぢこませている古泉は結構新鮮で可愛いとも思ってしまった。
 この一年で俺も相当イカレちまったらしい。
 ハルヒの嘘にしても、余計なことをしやがって、明るい青春を返せ!と憤るより、たまにはマシなことをするじゃないか、と喜んでしまっている自分がいる。
 ただ思うと告げるは別だ。客観的に見ても、あの時の古泉の行動は軽率で褒められたものではない。
「まあ、俺はノンケだったし今でもノンケだな」
 古泉が雷に打たれたように体を強張らせる。
 情けなく引きつった顔をしているが、ほんのちょっとの後押しで、どこまでも図々しくなることを知っているので、助け船など出してはやらない。
 大体、成就の見込みがない理由が性癖だけだと思っていたところからして厚かましい。ゲイだから両想いに違いない、ってのは途中の前提を3つくらいかっ飛ばしている。確かに古泉は、顔も頭も気立ても良くて、それを鼻にかけることもなければちょっと抜けた可愛いところも有る、非の打ち所がない好物件だ。だからと言って全てのゲイのストライクゾーンというわけでもあるまいに。フケ専とかデブ専とか、人の好みはそれぞれだ。
 …まあ、俺はたまたま違ったがな。
「だから、今お前と一緒にいる、その意味をちゃんとてめぇで考えてみろ」

 少しは悩め、このおっちょこちょい。






※この物語はフィクションです。実際に片想いされている方は、他人の言葉を鵜呑みにせず、本人に気持ちを確かめてから行動いたしましょう。
…マジ、迷惑よね、こんな人。