平凡な俺に平凡な高校生活。不満はないとは言わんが分相応の毎日が一変したのは12月も終盤、あと数日で冬休みに入ろうという日のことだった。
 下校途中、何の前触れなく俺を呼び止めた光陽園の詰襟を来たイケメンは、俺が風邪で休んでいたはずの三日間、俺の異世界同位体…つまり、パラレルワールドでの俺がこの世界にやってきて活躍していたと告げた。
 そいつの言葉だけなら「頭がおかしい」と一蹴して終わりだったが、その日の俺はそんなことがあったのだとすれば納得する、いくつもの怪訝な出来事に見舞われていた。
 まず病み上がりの身ではエベレストの登頂にも思える急な坂道をHPギリギリまで使って上りきり校門をくぐったところで……あ?なに?簡潔に述べよ?ページがない?何のことだ?お前の話は枝葉が多く本題が遠い?…ああ、それは良く言われる。だがそれは俺の個性であり習性でもある。アイデンティティの一部であるから気に入らないと言うのならそもそもそいつとは合わないわけであって…、…ああ、分かった分かった。俺だって各方の事情ってもんは分かるつもりだし、「○字以内に述べよ」と指定された答案に「人の指図は受けん」と規定字以上を書き連ね、0点をくらってまで生き様を通すほど反骨精神はない。…すでに長い?分かった分かった、本題だな。

 とにかく俺は、クラスメイトと、雲の上の存在だった影のミス北高朝比奈みくる先輩、内気でその話し声を聞いたものは一日幸運に見舞われるという伝説を持つ6組の美少女長門有希から、不可解なアプローチを受けた。一言で言うと、本人確認だ。
 俺が俺であると確認したクラスメイトはほっとし、朝比奈先輩は何かを言い募ろうとし言葉が出ずまた今度と去って行き、長門はどこか残念そうにした後、通天閣の展望フロアから窓を突き破って飛び降りるかのような決死の覚悟を滲ませた顔をし俺の手に文芸部の入部希望用紙を押し付けて行った。
 あの不可解な一連の行動が、俺の居ない間に俺の生活を引っ掻き回して行った異世界人が居たのだ、朝比奈先輩たちの目の前でいきなり消えたのだということだったら納得できた。
 ただ、この目の前のニヤケ面ハンサムの言葉だけでは信じられるものではないので、明日朝比奈先輩たちに確認するまで態度は保留とした。
 一つ納得が行く答えを提示されたからと言ってそれを短絡的に信じる単純な人間ではないし、事の真偽が分からず相手を嘘吐き呼ばわりするのは俺の主義じゃないんでね。

 翌日、朝比奈先輩を訪ねて行って、何故か鶴屋先輩にもの凄い剣幕で怒鳴られたが(何をした!異世界の俺!)、朝比奈先輩のとりなしがあり…。…はいはい、要点ね。
 朝比奈先輩と長門の話を、昼休みと放課後、計3時間かけて辛抱強く聞いたところ(二人ともコミュニケーションが得意とは言えず、かなり苦労してその時間だ)、俺はニヤケハンサム  古泉  のいう事、パラレルワールドから“俺”が来て、去って行ったことを受け入れた。
 ついでに文芸部にも入り、朝比奈先輩も書道部と兼部の形で入部し、廃部寸前だった文芸部の部員数は一気に三倍に増えた。予定のない放課後は部室で朝比奈先輩の入れるお茶を味わいつつ、まったりと本を読むという日も生まれた。もっとも、俺にしろ他の二人にしろ、放課後は予定が入ることが多く、週に1度程度しかない安息の日だったが。
 予定の元は俺と二人とは相手が違うがどちらも光陽園の同年だ。
 異世界人との事件に巻き込まれた?そもそもの原因?の涼宮ハルヒとかいうパワフル女とそのコバンザメの古泉、俺たちはそいつらに別々に呼び出され、特に理由なく放課後の貴重な時間を潰していた。
 まあ、朝比奈先輩と長門は、涼宮と遊ぶのは結構楽しいらしく、何があった、週末はどこへ行ったと嬉しそうに話題にする。長門は以前に比べて明るくなった気がするので悪くない付き合いなのだろう。

 問題は、俺と古泉の方だ。
 たまに、涼宮たちのあつまり(「本家SOS団」というのだそうだ)に顔を出すようだが、黒一点としてハブられることが多いらしく、「今日は仲間はずれにされましたのでお付き合いいただけませんか」としょっちゅうメールが来る。
 どうやら光陽園では友達が居ないらしく、帰り道のことだし、可哀想でもあるので特に予定がなければ付き合ってやっている。
 こいつと俺とはあまり合う趣味がなく、会ってもコンビニで食い物を仕入れて公園でダベるとか、ちょっと懐が暖かければファミレスに入るとかで、あまり動きはない。会話もそう頻繁ではなく弾むわけではない。ただ、沈黙が降りても古泉はにこにこしているので、それで場が持っているようなものだ。
 それなのに何故、付き合いが続いているかと言うと、俺にしてみれば好奇心までいかない、気の迷いってヤツだろう。
 学校生活でも私生活でも日々は平々凡々と流れ刺激はなく、4月からもう8ヶ月ともなるとクラスの顔ぶれにも新鮮味はない。世間はクリスマス色に染まっているというのに華やかな予定の一つもない。そんな中、ちょっとした非日常が飛び込んできたからって軽い気持ちで乗っかった俺を誰が責められる?俺が居ないところで、俺が中心になってそんな摩訶不思議な事件があったんだ、なんで俺を混ぜない?というやっかみに近い焦りもあった。“俺”が関わったのに、俺がハブられるのは正直面白くなかった。
 古泉自身とは付き合うメリットはそうなくとも、古泉を通してその事件に関わった人間…、朝比奈先輩や長門たちと交流を深めていけるという利点はある。
 ちなみに、今のところ涼宮ハルヒには興味はない。いや、気にならないと言えば嘘にはなるが、係わり合いになるとろくなことにならなさそうなので、今のところ周囲から漏れ聞こえる素行に苦笑いする傍観者的立場で満足している。

 一方、古泉だが何を考え、何のメリットがあって俺と付き合っているのか…。
 初めは、軽い好奇心、精々同朋意識だと思っていた。“向こう”の俺に何か含むところがあったのかもしれない。
 だが、そろそろお互いの素性も割れ、大して趣味も合わず、俺の凡人っぷりも伝わり新鮮味もなくなったはずなのだが一向に疎遠にならない。
 他に友人が居ないのかと訝ったし、実際居ないようだったが、それを気に病む質でもない。
 …一つ、荒唐無稽な可能性を思いつくのだが…。
 いや、荒唐無稽だと思っていた、か。
 …俺は初めての出会いの時、古泉にある提案をされた。…あ?簡潔に述べよ?…分かった、分かった。
 出会いしな、一通りの説明をされたあと俺は古泉に「並行世界の僕たちは恋人同士だそうです。折角ですから僕たち、恋人として付き合いませんか?」旨提案された。というかそれが古泉の本題だったらしい。
 俺は当然疑い、冗談だとして聞き流した。ガンダムの歩幅で100歩譲って向こうで俺たちが恋人同士だったとして、向こうの俺が俺なら、なんでそんなことをわざわざこいつに言う?でもって何でこっちでも俺たちが付き合う必要がある?俺は経験こそないがヘテロだし、古泉にいたっては女好きと言われても仕方がない遍歴を持つ。男同士でくっ付かなければならないわけがわからん。
 というわけで、その時はその発言は笑えんギャグだときっぱり聞き流し、なかったことにしたのだが…。
 …最近、もしかしてあれは本気だったのではないかと疑い出している。
 古泉という男、やたらと接触したがる。顔を近付ける。
 そこに性的な匂いを感じなかったから、スキンシップ過多な男なのだろうとあしらっていたのだが、最近はちょっと…、それだけで済ませられない部分が出てきた。
 よくよく聞くと言葉の端々で俺を口説いている。古泉の台詞は冗長で回りくどい上に口調は本気とも冗談ともつかぬ柔らかなものだったので、右から左へと素通りしていたのだが、思い返せば、あれは確かに口説き文句だった、というものがいくつも、しょっちゅうある。
 あれは、もしかすると…いやまさか、全部本気…、だったりする、とか…?

 古泉との付き合いは決して深くはないが、それなりの情は涌き、「お前、キモいからどっか行け」と切れるレベルではなくなっている。油断しているうちに入り込まれてしまった感じだ。
 古泉は色々問題はあっても決して嫌いな男ではないし、今となっては付き合いを続けたい友人でもある。だが、恋人となれば話は別だ。俺はスノッブなんだ、男と…なんて考えられん!

 苦悶し頭を抱えていると、携帯がメールの着信を告げる。
 着信音の設定で、相手が分かる。古泉だ。
 平日の夜、届く時間で大体の用件は分かるようになってしまっていた。
 はたして、内容は「明日放課後会えませんか?」との打診だった。「あなたの好きそうな本をみつけました」とのオプション付きで。
 画面を眺めて暫し悩むが断る理由が思いつかない。古泉も断られるとは思っていないだろう。俺にしても、断りたいわけでは決してないのだ。だが…。
 何やら不穏な胸騒ぎを感じつつ、俺は蛇に睨まれたカエルのように携帯を見つめたまま硬直するのだった。