さて、全人類半数を代表した割にはささやかな拳を額に受け、その日から僕たちはお付き合いを始めることになった。
 付き合いと言っても恋人同士のそれではなく、健全な、高校生男子同士の友人づきあいである。…とは、彼の弁。僕としてはただの友人は間に合っていたのだが何事もスタートはゼロから始まるものだ。手順を踏むのは嫌いではないのでそれでよろしくお願いいたしますと手を差し出した。

  しかしよくもまあ決断したものだと内心驚いた。見ず知らずの男からいきなり「恋人になってくれませんか」と提案されれば僕なら即その場から逃げる。
 逃げるのが普通だと思っているのにストレートに申し出た僕も僕だが、僅かな時間接しただけの向こうの彼の性格を思う限り、回りくどいやり方は逆効果だろうと判断したのだ。それでも、最初は気味悪がられて却下されると思っていたのだが。
 逃げ出さなかった理由について彼は、「好奇心」をあげた。退屈な高校生活、ちょっとした刺激があった方が面白い、そりゃ切った張ったは勘弁だが“向こう”と違ってこちらは、涼宮もお前も人知を超えないという意味では普通の人間だろう、だから、そう厄介なことにはならないと踏んだ、と。
 “向こう”をあっさり受け容れた…僕の話を信じた理由については、僕からのコンタクトがある前に朝比奈先輩や長門さんから、少々意味不明なアプローチがあり、クラスメイトからも風邪で休んでいたはずの三日間の奇行について言及されたからもあるということだ。ドッペルゲンガーを疑ったが異世界の俺が来ていたというのなら納得が行く、と頷いた柔軟性には少々驚いた。
 それともう一つ、僕の提案を真に受けていない、冗談だと思ったフシがある。
 男と、しかも初対面で恋人同士になりたいなんてなー、はっはー、出会いにインパクトを与える為の演出だろ?くらいにしか思っていないようだ。
 だがおあいにく様。僕は至って正気で本気だ。
 ただ、まあ、そうですね、「恋人」の定義は彼とは違っていて、その違いが僕の本気を霞ませていたのかもしれない。
 僕にとって「恋人」とは、「その時々で気に入っていて、セックスまでする相手」のことだ。同時期に二人はいないけれども、13の時に初めて出来て以来(僕の出身はとある片田舎で、娯楽が少なかったので初体験は概ね早かった)、両手に余るくらいの経験はこなしていた。付き合うスパンは短く、きっかけは、気が合うとか、顔が好みだったとか、良い匂いがしただとか、ちょっとしたことで、当然、破局の理由も大仰なものはなく、簡単手軽にくっついたり別れたりしていた。勿論、今回もその程度のものだと思っている。
 対して、彼は、恋人というものは一度決めたら誠実に長く付き合わなければならないし、深い熱情を持つ“重たい”相手だと、まあ、一般的感覚に捕らわれているようだから、僕のスタンス、本気を全く理解していなかったことだろう。

 とにかく、僕は本気だった。
 ちょうど、そろそろ新しい恋人は欲しかったし、実は涼宮さんをターゲットにしていたのだが、彼女は何があってもなびかないみたいだし、大概のことは今まで経験したので新地開拓という意味で男と経験するのも悪くはなかろうと思ったので、本気で  僕の本気というレベルで  彼を恋人にしようと思っていた。
 彼は随分と常識人なようだから、時間はかかるかもしれないが、それもまた一興だ。野生の猫を手懐けるような楽しみはある。いい加減、微笑一つで落ちる相手には飽きてもいたところだ。
 さて、どうやってアプローチしていこうか…。不可思議事が好きそうな人だから、“向こう”の話題から始めようか。それとも、趣味の読書から攻めて行く?いずれにせよ、それなりに困難ではあっても霞を抱きしめるように全く手ごたえのなかった涼宮さんに比べれば、案外簡単そうだ。
 取りあえず次のデートの約束を取り付けようかと、人好きのする笑顔で、彼の目を見つめた。