情報統合思念体の憂鬱




 私は、情報統合思念体と呼ばれるもののうちの一である。
 周知されるように、我々は地球人とコミュニケートするトゥールというものを持たない。言語や文字といった思考を伝達する手段は持たず、直接対話をする術はない。
 この文章は余人の“翻訳”によるものであり、我々の意思とは必ずしも一致しない。
 この文章が伝える私の発言を、私は決して公認はしない。如何に手技をつくしてもなお、我々と地球人の隔たりは埋められず、意訳を超えた超訳であれ、正確に伝わることはありえないからである。
 ゆえに、この文章は我々情報統合思念体の見識であるとか、記録に代わるものなどではない。
 また我々は文章を検閲は出来ても修正を指導することは出来ない。大概は修正に相応しい用句が存在しないからである。
 一例を挙げるなら、既に何度か使用された「我々」、この単語は、“我々”の在り方を正しくは表現していない。我と我以外を同時に表す人称なと、我々の存在からして決して在り得るものではないからだ。
 だがこの文章は私的な翻訳の訓練の一環として表されたものであり、公的効力を以って発表することを意図していない。ゆえに私は、明らかなる誤謬がなければ伝達の過不足については申し立てることはしない。
 当然のことであるが、当文章の精粗,美醜については、私ではなく、翻訳者に因る。

 さて、長々と前置きをしたが、今から述べることに公益性はない。一、開発者の観察記とでも思って戴こう。
 私の部位は“手2頭3目1”である。個の概念が地球人とは違うことから理解し難いと思われるが、役名だと認識すれば大きな齟齬はない。
 私は、対人類コミュニケート用有機ヒューマノイドタイプインターフェイス製作者の一である。対地球人用コミュニケーショントゥールを製作する為に分けられた。
 私は長門有希と喜緑江美里とその他何体かのインターフェイスを製作し、朝倉涼子を製作した部分の一つでもある。
 朝倉涼子に関しては、“手2頭3目1牙1”が製作したので、完全なる私の産物ではない。ただ“手2頭3目1牙1”にも私の一部があるからして全く無関係ではない。
 あれは、真っ先に壊れたインターフェイスだった。我々の意図しない行動を取り、命令を無視し危うく全てを台無しにするところだった。
 あれの取った行動を「自我」だと主張したものもいるが、ただの暴走である。インターフェイスとしては失敗作で、遅かれ早かれ処分せねばならなかっただろう。

 我々を知る地球人は、我々の事を万能と勘違いしているがとんでもない。万能であれば、インターフェイスを通さずコミュニケートを可能としただろうし、インターフェイスを使うにしても、もっとマシなものを作れるはずだ。
 失敗とは言わないが、我々が作ったインターフェイスはあまりにも不完全だった。
 地球人に模すという意味で、機能的には完璧だ。遺伝情報も生理もバグはなく論理的には生殖も可能だ。役目上、各機能は平均値ではなく、地球人では有り得ない能力も持つが、オプションの範囲だ。
 不完全さはインターフェイスとして最重要であるはずの、伝達、我々と地球人との橋渡しにある。先に述べたように、我々の意思を的確に伝える術はないのだが、少しでも正確に伝える為のインターフェイスであるというのに、それらは初歩的かつ致命的なミスをいくつも犯した。
 その最たるものは、我々のことを「情報」と称したことだ。当初はそれを致し方なしとした我々にも問題はあるが、「情報」という言葉の持つ無機質性、無形性がここまでのものはと思っていなかったのだ。お陰で、地球人達は我々の本質を大きく誤解したと思われる。ただ、では何かと問われ、訂正しろと言われても我々が直接対応できるものではない(だからこそインターフェイスを作ったのだ)。伝えようがないということは、我々と地球人との広域概念に差があるわけだから、どうせ現段階では伝達不可能なのだ、不完全なインターフェイスの、不完全な伝達を取り敢えずは容認するしかない。
 またインターフェイスは、地球人の中に混ぜ込むと主に、感情と呼ばれる面において不完全さが浮き彫りになる。人間らしさとも言う。インターフェイスには、平均的な地球人がもつそれをどうしても装着させることが出来なかった。
 我々にも情感というものはある(インターフェイスは伝え損ねている)が、地球人が持つそれとは次元が違い、理解どころかトレスすることすら完全ではない。
 現時点で、インターフェイスの中で最も機能しているのが“長門有希”なのだが、それも問題の一つだ。
 長門有希は、対有機生命体用ヒューマノイドタイプインターフェイスとしては、プロトタイプだった。一番最初に作った試作品で、最もシンプルな作りをしている。だが、長門有希はどのインターフェイスよりも早く正確に、その機能を果たした。
 取り合えず製作した長門有希だが、勿論手抜きはしていない。必要な機能,性能は全て備えてある。ただ、サンプル品の域を出ず、施したかった装飾をしないまま販売された居心地の悪さがある。
 プロトタイプだというのに、長門有希を越えるインターフェイスを製作出来ないでいることも悩ましい。
 長門有希はプロトタイプらしく、人間らしい情感に乏しかった。ゆえに私はより地球人らしく…と、以後の製品には改良を加え情感を豊かにした。だが、そうやって手を加えれば加えるほど、何故か、人間からは遠くなって行った。朝倉涼子しかり、喜緑江美里しかり。

 最近では私は割り切っている。我々の中にはまだ改良をあがくものも居るが、完成には有機体としての経験の蓄積が必要なのだ。そしてそれには余分なものが入っていないプロトタイプである長門有希が一番相応しい。
 此処にきて私は、我々の、涼宮ハルヒの観測に加え、長門有希の観察も研究に加えた。
 私の学説を裏付けるように、人間としての経験を蓄積したが為、長門有希は地球時間にしてたかだか600年の作動でバグを発生させた。バグの発生による余波は一インターフェイスが引き起こすものとしてはあまりに大きく、そのメカニズムを探ることは格好の研究材料となる。
 バグが修正された後、長門有希は同期を拒否した。
 インターフェイスとしての機能を10万分の1程度にまで削ぐその申し出を、我々の一部は反対したが私は承認した。この変容は予測にもプログラムにもなく、また前例もなかった。これこそが、正しく自我の発生であると私は興奮した。たかが一インターフェイスのこの進化…そう、進化だ、進化を、大勢は注視しない。だがこれは地球人以上の、あるいは地球人観測がもたらした副次的産物という意味では、これこそが我々の求めていた自律進化の糸口である。
 私にとって、もはや地球人とのコンタクトも涼宮ハルヒも興味はない。地球人に自律進化の鍵を見たならば、我々の被造物である長門有希が地球人となることにより、より迅速,的確に道が開けるのではないか。故に私は、この一介のインターフェイスが製造主の手を離れ、どこまで独自進化を遂げるのか、それに注目している。もう一度言う。長門有希こそが、我々を自律進化に導く手がかりなのである。

 定期的に上がる長門有希の報告は、かつてと変化がないように思われる。だが、よく注視すると、かつては存在しなかった自発的情動というものが芽生えているのが分かる。
 「午後3時、涼宮ハルヒと朝比奈みくると共にティーラウンジ入店。<中略>苺のショートケーキとミルクティーを注文する」などと。
 この一文では単なる報告と情感の表れとの違いは分からないだろうが、前後の報告を分析すれば知れる。長門有希はそのティーラウンジに過去1873回訪問している。最初の32回で訪問の度にオーダーを変え、全メニュを制覇した後、1007回で苺のショートケーキを選択し、842回をミルクティーと組み合わせている。観察と惰性であれば、全メニュ制覇後は同一の注文を繰り返せば良いだけである。観察を深くする気であれば、常に違うメニュを頼むだろう。だが長門有希はそうしなかった。つまり、苺のショートケーキとミルクティーを、とりわけ“気に入った”というわけである。
 また、涼宮ハルヒ以外のものに対する報告も格段に増えた。その中にはクラスの行事に関するものや図書館で読んだ本に関するものといった、観察対象外,報告必要外のものもあった。周囲に興味を抱き出した証拠だ。
 これを、機能の劣化と見る輩もいる。不要な事項の報告はゴミ以外のなにものでもないと。
 おろかな事だ。事象の正確な分析もままならないとは。シナプスの成長による選択肢の多様化を、取捨選択能力の低下と見るだなど。
 インターフェイスに過ぎなかった長門有希が、私の被造物が予期せぬ変容をせしめている…この興奮は造物主でなければ分かるまい。

 …ただ、最近、少々気になる事態が発生した。
 長門有希から上がってくる報告に、特定の人物のものが増えてきたのだ。
 正しくは人物たちだ。
 長門有希が組み込まれた集団に属する、二人の人物について、意味不明な報告が増えてきた。
 「涼宮ハルヒと朝比奈みくると共に下校。彼らは部室に残留」
 「○日の探索時、古泉一樹が彼に顔を接近させる。彼は顔を背けるが距離はそのまま」
 「古泉一樹のアパートに彼が極秘で訪問。宿泊し、翌日は時間をずらして登校」
 等。
 「彼」とは観察対象者の操舵可能者であり「古泉一樹」は対象者が己の存在を平定する為人の性質を変容せしめたパーツである。
 初めはこの二人が何かを企んでおり、長門有希が警鐘を鳴らしているのかと思ったがそうではないらしい。対象者における重要度が増したというわけでもないようだ。
 何故、わざわざこの二人の報告を上げるのか。取り立てて意味合いのない、差しさわりのない行動を。
 簡素さを欠くのに詳細が不明なのも気になる。部室に残ったことはわざわざ報告が必要か。距離がそのままであればどうだと言うのか。
 分からない。全くもって理解出来ない。
 同期も外れた今、長門有希の思惑は、私とて完全に読み取れるものではない。
 また新たなバグが発生したのか、それとも予測外の進化を遂げているというのか。
 いくら貴重なサンプルとはいえ、そう何度もバグを発生させるわけにはいかない。この事態を如何に分析するべきか、どう対処するべきなのか。
 私の憂慮は尽きることがない。





ちょみっと「ハルヒちゃん」の長門が入っている気がします。腐の匂いがする(笑)。
これは古キョンです、と、もう一度言い張ってみる。