愛を測る



 愛の深さを言葉にすると、という話になった。
 きっかけは付けっ放しにしていたテレビドラマだ。ヒロインが「どれくらい私の事が好き?」と聞き、恋人が「マリアナ海峡より深く愛している」と応えたのを受けて、彼が「うげ」だか「けっ」だか、とにかく不愉快さを全面に出した声を上げた。曰く、「陳腐だ」と。
 文学方面に造詣が深く、言葉も巧みな彼に言わせると、「100年の恋も醒めかねん言葉」だそうだ。尤も、そんな問いかけをする女の方も大概なものだそうだが。
 そう言っておきながら、「お前ならどう答える?」と聞いてくる。筋がおかしい気がするが、別に僕の言葉が欲しいというわけはないらしい。ぼりぼりとかりんとうを食べつつテレビチャンネルを繰っている。
 ただの世間話の延長なら適当なことを言ってもよかったのかもしれないが、求められているのは愛の深さを測る言葉で、フリーではない特定の相手がある身としてはその人に向けられるべき言葉と考えるべきで、その特定の相手というのが目の前にいる彼なのだからうかつなことは言えない。

 ところで僕は、彼を目の前にするとつい思考がネガティブになる。男同士で、世間の、何より涼宮さんの目をはばからなければならない関係なのだ、明るくなれという方が無茶だ。彼に告げる言葉はどうしても悲観的なものになりがちだった。
 この時も例外ではない。
「僕と心中して下さい」
 質問の答えとしてはズレてはいたが、「一緒に死にたいくらいに好き」では僕の本意に添わない、ロマンティックすぎる。
 人生を賭せるほどあなたが好き、をネガティブフィルターにかけるとこんな言葉になるのだ。
 愛する人の人生を台無しにしてでも全てを奪いつくしたい。生涯ずっと、あたなと居たい。人生を、あなたとともに終わらせたい。
 自分でも分かる、悲壮な顔をして見つめると、彼はちょっと驚いて、それから怒ったように眉を顰めて口をヘの字にし、最後には呆れて大きなため息を吐いた。
 くっれーヤツ、と吐き捨てられて哀しくなる。
 そういう意味ではないと分かっていても、この人は僕と一生を共にしたいほどには好いていてくれないのだと寂しくなった。
「では、あなたはどう言います?」
「嫌だ、って言うね。まだ死にたくはない」
 彼流の愛の言葉を聞いたのだが、僕の仮の告白への答えになっていた。時々この人は確信犯的に外してくる。
「全力で踏みとどまらせる。寿命が尽きるまで、死にたいなんて思わせないくらい傍に居て構ってやるから一緒に生きよう、と言う」
 ふと、闇に沈んでいた僕の頭に光が差し込んだ。
 「一生愛す」をポジティブに言うとこんな言葉なのではないだろうか。
 前向きな想い人をじっと見詰めると、彼は拗ねたように口を尖らせた。
「一緒に死ぬより一緒に生きる方が良いだろうが」
 言い返せず、悔し紛れに僕は、彼の憎らしい唇をキスで塞いだ。





9月に書いて放置してあったものらしい。当時は「こんな下らないもの没だ!」と思ったのですが、今見てみると別に良いんじゃない?という。目が大分腐ってきています。