眠り姫とリンゴ




 料理は全般的に苦手です。
 実は…と前置きをして古泉は爽やかな笑顔で情けない事を言い放った。
「ハルヒが思い描く『謎の転校生』に相応しいかどうかはともかく、一般的男子高校生としては不思議でも何でもないな」
 失望しませんでしたか?と問われたが期待のない場所にそんなものが存在するものか。
 良かったと古泉は安堵の息を吐く。一体何を恐れているんだ、この男は。非常に見当違いの心配をしている気がしてならない。
「ああ、でもこれだけは得意ですよ」
 そう言って取り出したのは真っ赤に熟したリンゴだった。
「リンゴの皮むきにはちょっとした自信があります」
 まあ、初歩的ではあるが技術が要ることではある。人によっては剥いた後には殆ど実が残らないという不器用を露呈させもするだろう。
 得意そうに古泉は、しゃりしゃりと果物ナイフを滑らせる。うむ、確かに手つきは滑らかだな。ただ料理が不得手な高校生にしてはの域を出ていない。世の中にはリンゴの皮むき選手権なるものが存在し、その大会で優勝すべく切磋琢磨する輩が存在するらしいが彼らに比べれば幼児のままごとレベルだろう。それほど威張れるものではない。
 どうです?と自信たっぷりに微笑まれてもこの程度のことを褒めるほど俺は甘くはないぞ。
「…正確には、『得意になった』ですけどね。数日、数時間で何十個と剥きましたからね」
 何だ、ケーキ屋の下ごしらえのバイトでもしたのかと聞くと泣きたいような、笑いたいような奇妙な顔をした。
「眠り姫が目覚めるのを待つ間、ずっと剥いていたんですよ。それくらいしか出来ることはありませんでしたからね」
 もう二度と、あんな真似はしないで下さい。
 手の中のリンゴに目を落としたままで、古泉は搾り出すような声で呟いた。
 …そりゃすまんことをした。



 ちなみに、剥いたリンゴは長門が番の時に全部食べたという話…はどうでも良いですよね。