(no title) ※“雪山”ネタバレ有り




 気がかりなことがあるんです、雪山での事件の事で確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか。
 そう言って古泉が自分の部屋に俺を招き入れたのは初詣の帰りだった。
 こいつの部屋に行くってことは不埒な行為が伴うことが殆どだったから、やや身構えたのだが、古泉の目は酷く真剣だったので、これは重大事かと居住まいを正す。空調を入れコートを脱ぐ暇こそあれ、茶の1つも出さず口火を切る。…まあ、非常事態でなくともこの部屋でまともなもてなしはあまり期待できんのだが。
「あなたはあの時朝比奈さんの偽者の訪問を受けたとおっしゃられましたが、何をされましたか?」
 この時点でも俺は、これは対抗勢力に関する情報収集だと思っていた。だから真面目に答えなければいけないと思いつつも、全てを詳らかにするのは抵抗があった。
「…まあ、大したことじゃねぇよ。…その、『ここで眠っても良いですか?』と言われただけだ」
 妙に色っぽい格好をしていたとか、艶のこもった目だったとか、シャツのボタンを外しにかかったとかまでは言わんで良いだろう。
「ああ…!」
 それを聞いて古泉は、漫画ならガーンという手書きの擬音が背景にでかでかと出る、闇色のグラデーションを塗りつぶした表情になり項垂れた。
「それが何だ?
 そう言やお前ンとこには俺の偽者が行ったんだってな。何をされた?」
 俺がやりそうにない行動とか言ったよな?聞きたくない気もするが。
 古泉は真っ青な苦渋に満ちた表情を崩さず首を振る。拒否ではなく発作的なもんだろう。
「古泉?」
「あの時、あなたは…、あなたの偽者は僕をベッドに誘ったんです」
 ………。…まあ、己が身を鑑み想像出来んことはない。ただそれはそこまで異常な行動か?
「普段は僕の方からモーションをかけまくらないと乗ってこないあなたがですよ!?あまりの嬉しさに気が遠くなりかけ、一時の気の迷いと逃げられないように 僕は慌ててドアの方に回り込み、鍵をかけようとしました」
 …ちょっと待て、古泉、何だか凄く色々と突っ込みたいんだが…。
「もしその手間を惜しんで抱きしめていたら気付かなかったでしょうね!ところがあなたときたら!」
 何をしたんだ、俺の偽者。
「…僕に、『好きだ』と言ったんです…っ!」
 はあ!?その台詞で何故苦悩する?!お前か嫌がる台詞じゃないだろうが!「嫌い」ならともかく!
「『嫌い』と言われればいつもの照れ隠しだと思います!でも『好きだ』ですよ!?正気の時には一度もちゃんと言ってくれたことのない言葉です!それだけならとうとうあなたも素直になってくれたのかと喜ぶところですけどね!続く言葉が『ずっとお前が好きだったんだ、抱いてくれ』だったんですよ?!
 じゃあ何か今までのアレとかソレとかは何だったんだ、今まで片思いだったのか、こっちは2ヶ月前に告白してやっとのことで両思いになって散々お預けく らったあと結ばれて、隙あらばいちゃついている恋人同士のつもりだったのに、その発言はないでしょう!そこで僕はこいつは偽者だ、本物のはずがない!と思 いましたね!」
 気付くのが遅くねぇか?つーか二人きりとはいえそういう事を口に出すな!
 で、そこは良いから今日の用は何だ?本題に入れ!
「話は戻りますが、あの時夫々の部屋に現れた人にはどういう意味があったと思います?」
「オイラーがどうとか…あの脱出のヒントだとかお前が言っていたじゃないか」
 あの時はすっかり理解した気でいたが、思い返すと何を言われていたのか自信がない。期待を裏切らないぜ、俺の頭脳はよ。
「あの時はそう思いましたが、今にして考えるとちょっとおかしいです。脱出口を用意したのは長門さんで、あの現象は謎屋敷の仕掛けの一環と考えるのが自然ですから、脱出の為のヒントと考えるのは辻褄が合いません。ただの偶然で、別の意図があったものと思われます。ヒントにするだけなら偽者に不審な行動を取られる必要もなかったでしょうしね。
 どういう意図か。十中八九撹乱だったと推測します。僕たちの心を乱して何かを図ろうとした、と。ではどの方向での撹乱でしょうね?恐怖?それとも怒りですか?
 僕は、あれは何者かが僕達の潜在的願望を具現化したのだと予想いたしました。
 あなたはどうです?あの出来事には願望が入っていませんでしたか?」
「………」
 朝比奈さんに忍んで来てもらいたかったかって?正直に言おう、迫られて嬉しかったさ。戸惑ったし理性は止めたが心は喜んでいたさ。だがそれは美人とお近づきになりたいという男子全般の夢レベルでであって、個人的に渇望しているわけではない。
 一応深い仲の相手がいるというのに  相手が男という非常識性は有っても  ナニしたいという二股願望は断じてない。
 こら、聞いているか古泉、俺にしては精一杯の告白をしているんだぞ!頭を抱えて自分だけの世界に入るんじゃない!
「それを聞いて確信しました。まず間違いなく、夫々の願望を突いての撹乱だったのだと思います。女性陣には何があったか聞けませんが、『好きな人が忍んで来る』というシチュエーションをベースに、潜在願望を形にされたのだと。
 そこで重要な問題があるのですが」
 どこだ。
「あの事象はオートマチックか、手動によるものか、です」
「つまり?」
「あの場が何者かの意図により作られたのは間違いありません。ただどうやって作ったんでしょうかね?
 自動的に…例えば何か薬のようなもので幻覚作用を促したのか。だとすれば僕にとってのあなたの偽者、あなたにとっての朝比奈さんの偽者は僕達の作り上げた幻で、製作者の意思の介在はありません。一方、あれが僕達の意識の中から出たのでなく、外的に何者かが作り上げたのだとしたら…?」
 ああ、何となく言いたいことが分かった。
「後者だな」
「やけにきっぱり言いますね」
 朝比奈さんの偽者にはほくろがなかったからな。俺があれを偽者と判別したポイントだ。俺の妄想なら朝比奈さんを再現させるのにあそこを外すわけがない。偽者にほくろがなかったのは何者かがあのほくろの存在を知らなかったに他ならない。
「ということはつまり何者かが僕達の思いを外から読み取り願望を想像し、あの場を作った…と?」
 そういうことになるな。
「僕の、あなたへの気持ちが何者かに知られていたということですね?しかも関係まではバレずに」
 …そういうことか。
 古泉の不振な挙動の意味が遅まきながら理解できた。
 俺は全くの一般人だが古泉は世界の崩壊を止める力を持つ超能力者だ。貴重な存在だし敵も多いのだろう。にこやかな笑顔やそつのない言動は同年代の一般的男子から見れば鼻に付くだけだが、こいつにとって処世術以上に切実な防衛策なのだ。
 敵に付け込まれないよう気を使っていたというのに、機関にすら秘密にしていた俺という弱点を発見されていた。
 それがショックでここまで落ち込んでいたのか。
 その可能性に思い至り対策を講じる為の確認をしたかったのか。すまん古泉、一瞬だけだが“部屋に呼ぶ口実だろう”と疑ってしまっていた。
 と、おのれの浅はかさを反省していたというのにこいつは!
「何で告白なんですか!僕の片思いみたいに!!
 僕の方はこれだけ忍んだ恋にもかかわらずバレでしまうほどあなたを想っているというのに、あなたは願望を具現化させる為に朝比奈さんが選ばれるほど僕の ことを想ってくれてないんですね!ハタから見たらこれっぽっちも誤解されないほどに!」
 …おい、そこか?敵に弱味を見つけられてヘコんでるんじゃないのか?
「そんなことはどうでも良いんです!
 僕達は恋人同士ですよね?そうですよね!?
 だのになんであなたの相手に僕が選ばれなかったんですか!好きな相手を宛がう意味なら僕が選ばれてしかるべきでしょうに!あなた本当に僕のことが好きな んですか?!」
 ………。
 気がかりって、あの謎空間とその製作者のことじゃなく、俺の気持ちのことか?
 深刻な顔をしていたから大事かと思えば…。
「この上なく重大な事です!」
 …付き合っとられん。
 まだ何やら喚きまくる古泉を無視して俺は立ち上がる。
「帰る」
 勝手にやってろ。アホぅめが。


一言だけ突っ込ませて下さい。「アンタ、全然忍んでないと思うヨ」。